この連載の目次(全7回・完結)
- 01ファッションとは、自分をどう見せるかである
- 02UNIQLOからSupremeまで——ブランドは、どんな人の服なのかいまここ
- 03ConverseからDr. Martensまで——靴で、どんな人に見えるのか
- 04BEAMSはブランド? セレクトショップ?
- 05アイビー、軍物、ワーク、ストリート——服に残る文化
- 06色とシルエットは、人物像をどう変える?
- 07その服で、どこへ行き、誰と会うのか
街ですれ違う人の服を、ブランドまで確かめているわけではない。それでも「なんとなくこういう人だろう」という印象は残る。よく見る8つは、それぞれ違う人の服として見られている。
UNIQLO——目立たないが、安っぽくは見えない
始まりは山口県の紳士服店で、1980年代に郊外の道路沿いへ移って、安いカジュアルを自分で選んで持っていく形の店になった。当時の評価は「安いだけの店」で、ファッションの話の外にあった。
見られ方が変わったのは2010年代だ。「LifeWear」という言葉を掲げて、流行を追う服でも、安さだけの服でもない位置を自分で名づけた。それ以前は「ユニクロだとバレるのが恥ずかしい」という言い方があったが、いまは、値段のわりにきちんとして見えるという評価のほうが通っている。

定番の棚に並ぶ服にはロゴも柄も入っていない。白いシャツやネイビーのニットを選ぶかぎり、すれ違った相手にブランドは分からない。着ているのは、服で目立つことより、清潔で普通に見えることを優先する人だ。ただし安っぽくは見られたくない。→ 図鑑で詳しく
A|X ARMANI EXCHANGE——アルマーニを、若く気軽に着る
1991年、ジョルジオ・アルマーニが本体より手に取りやすいラインとして始めた。仕立ての服を作ってきた会社が、Tシャツやデニムのほうへ降りてきた形になる。出発点はクラブで、初期の店はDJを呼び、音楽の担い手と組んでいた。
そこから百貨店やモールへ広がって、いまは「速くて手が届くアルマーニ」という位置に落ち着いている。夜に着る服という受け取られ方は薄れ、日中に気軽に着る服として扱われるようになった。
服はカジュアル寄りで、紺・白・黒を中心に、線の細いすっきりした形が並ぶ。そこに胸のロゴのような分かりやすい印が付く。選ぶのは、アルマーニの都会的な雰囲気を、若く、スポーティーに、手の届く形で楽しみたい人だ。一枚でかたちがつく服が多く、売り場も気軽にのぞける明るさで作られている。→ 図鑑で詳しく
THE NORTH FACE——山の機能を、街で格好よく着る
米国で登山や遠征用の装備を作っていたメーカーで、日本には1970年代の終わりに山の道具として入ってきた。雨や寒さに強いという信頼は、そこから来ている。
日本での扱いが変わったのは1990年代の後半からだ。日本の体格や使われ方に合わせて作り直したものが増え、街で着るための専用のレーベルもできた。いまは登山用品の店でもファッションの店でも見かける。山へ行くために買う人と、街で着るために買う人が、同じ売り場に並んでいる。
服は、大きなロゴのほかに飾りがほとんどない。街でよく見る黒系のダウンやジャケットは、形もすっきりしていて普段着に合わせやすい。アウトドアの信頼感と、街で外しにくい定番感。この両方が欲しい人の服になっている。→ 図鑑で詳しく
mont-bell——見た目より、役に立つことと値段
1975年、登山家の辰野勇が山仲間二人と始めた日本のメーカーだ。動機は「自分が欲しい山の道具を自分たちで作る」で、掲げているのは機能美と、軽さと速さである。
服のほうはあまり変わっていない。変わったのは、届く場所だ。山の店だけでなく、地方の町の売り場や、働く人の制服にも入っていった。
見た目にも、その設計がそのまま出る。重ね着ができるように身頃にゆとりがあり、山で見つけてもらいやすいように色が強い。落ち着いた色もあるが、街に置くと少し浮くことがある。ブランドの見栄より、必要な機能と価格への納得が先に来る。そういう選び方をする人の服だ。→ 図鑑で詳しく
Stüssy——ラフな格好に、ストリートの空気を足す
1980年代のはじめ、カリフォルニアでサーフボードを削っていた男が、自分のサインをTシャツに刷った。ボードを覚えてもらうための名刺代わりで、服が主役ではなかった。あの崩した筆記体は、そのときのサインがそのまま使われている。
サーフから出た経路はニューヨークだった。1980年代の半ばにはクラブとヒップホップの周りに入っていて、サーフだけのブランドだった期間は短い。いまはストリートの定番として扱われている。
ストリートというのは、スケートボードや音楽の周りで育った服のことをいう。大きめのTシャツ、パーカー、キャップ。無地のTシャツやスウェットと同じ感覚で着られて、あの筆記体が胸に載っているだけで雰囲気が変わる。選ぶのは、普段のラフな格好へ、ストリートの空気を自然に足したい人だ。→ 図鑑で詳しく
Supreme——服だけでなく、その周りの話題まで楽しむ
1994年、ニューヨークのスケートショップとして開いた。いまもスケートチームを抱えていて、板も売っている。赤い箱に白い文字のロゴは、その店の看板がそのまま商品に載ったものだ。
発売のたびに、行列や抽選の話が出る。毎週少しずつ新しいものが出て、買えるかどうかがそのつど分かれるからだ。近年は1990年代のものが古着として探される動きも出ている。
商品は毎シーズン、プリントに引用してくるものが入れ替わる。ホラー映画の仮面、コミック、中世の絵画。ほかのブランドや作家と組んだものも繰り返し出て、そのたびに話題になる。服だけでなく、その周りの話題まで含めて楽しみたい人が着ている。同じ黒いパーカーでも、これを着ていると「服が好きな人」というより「その文化が好きな人」に見える。→ 図鑑で詳しく
Polo Ralph Lauren——アメリカの定番を、そのまま着る
始まりはネクタイだ。1967年、ニューヨークでラルフ・ローレンが自分のネクタイを「Polo」の名で売り出した。芝生とクラブと学校を連想させる名前が選ばれ、そこから米国東部の学生の装いを色鮮やかに整え直して、「プレッピー」の代表になった。
ところが1980年代の終わり、ブルックリンの若者たちがこのブランドだけを着る集団を作る。1990年代にはヒップホップの映像に載って広がった。上流の装いとして作られたものを、まったく違う場所の若者が自分たちのものとして着た。
並んでいるのは、ポロシャツ、オックスフォードのシャツ、チノ、紺のブレザー。スーツを着るほどではないが、だらしなくも見せたくない——その中間にちょうど収まるのが、このブランドの服だ。胸の馬のマークは遠目にも分かる。→ 図鑑で詳しく
Levi's——一本目の基準と、色落ち目当ての古着
1870年代の初め、労働者の妻が仕立屋のところへ来て、できるだけ丈夫なズボンを縫ってほしいと頼んだ。ポケットの角を銅のリベットで留める方法が考案され、1873年に特許が取られる。求められたのは丈夫さで、格好よさではなかった。

1950年代、映画に登場する若者たちの服としてジーンズが広まり、作業着から若者の服へ見られ方が変わった。学校が禁止した時期もあり、そのあと公民権運動の行進でも着られている。1980年代の日本では、古い501の色落ちが現行品と違うことに気づいた人たちが古着を探し始める。
一本目の基準として新品を選ぶ人もいれば、色落ちの出方を目当てに古着を探す人もいる。藍は糸の芯まで染まっていないので、擦れたところから白い芯が出てくる。抜ける場所は穿いた人の癖で決まるから、同じ濃さから始めても二本と同じにはならない。後者が探しているのは、その一本にしか出ていない抜け方だ。→ 図鑑で詳しく
次回
第3回では足元へ移る。ConverseからDr. Martensまで、七つの靴のブランドを同じやり方で追う。