この連載の目次(全7回・完結)
- 01ファッションとは、自分をどう見せるかである
- 02UNIQLOからSupremeまで——ブランドは、どんな人の服なのか
- 03ConverseからDr. Martensまで——靴で、どんな人に見えるのか
- 04BEAMSはブランド? セレクトショップ?
- 05アイビー、軍物、ワーク、ストリート——服に残る文化いまここ
- 06色とシルエットは、人物像をどう変える?
- 07その服で、どこへ行き、誰と会うのか
服には、生まれた場所がある。学校、軍、工場、山、競技場、路上。そこで決まった形や色が、いまも街の服に残っていて、着たときの雰囲気をつくっている。六つの系統と、それらが混ざって並ぶ古着を見ていく。
アイビー——紺のブレザーと、ボタンダウンのシャツ
紺のブレザー、ボタンダウンのシャツ、チノパン、ローファー。色は紺、白、ベージュ、えんじ。飾りは少なく、形も細すぎず太すぎない。
もとは米国東部の大学に通う学生の普段着だった。ポロやヨットやテニスといった余暇の服から、正装の作法を抜いて日常へ持ってきたものである。「プレッピー」は同じ系統を指す別の呼び名で、私立の進学校(prep school)から来ている。1980年に出た『オフィシャル・プレッピー・ハンドブック』でこの呼び名が広まったが、装いそのものはそれより前からある。
日本へ入ったのは1960年代の前半だ。1964年の夏には、ボタンダウンのシャツに細身のパンツという格好で銀座のみゆき通りに集まる若者たちが現れ、「みゆき族」と呼ばれている。
きちんとして見えるが、堅苦しくはない。ネクタイを締めるほどではないけれど、Tシャツでは軽すぎる。そういう日に着られる服が、この系統にはそろっている。
軍物——オリーブの色と、大きなポケット
戦闘と行軍のために作られた服だ。動きやすさと、荷物を身につけて運べることが先に決まっている。色も、風景の中で目立たないところから選ばれた。

街で見るのは、M-65と呼ばれるフィールドジャケット、MA-1のブルゾン、太めのカーゴパンツあたりだ。オリーブ、カーキ、砂色。フィールドジャケットには胸と腰に四つ、カーゴパンツには腿の横に大きなポケットが付く。装飾は一つもない。
無骨に見える。一枚だけ羽織ると、下に着ているシャツやニットのほうが上品に見えてくる。
日本で軍服が街の服になったのは戦後で、米軍の放出品が安く手に入る丈夫な服として買われた。米国でも放出品を扱う店に軍服が並び続け、1960年代以降、それを街で着る若者が現れている。M-65のように戦後に作られた型が古着として出回るのは、そのあとのことだ。
ワーク——厚い生地と、補強の入った作り
デニムのパンツやジャケット、厚いダック地のジャケット、太めのワークパンツ。インディゴの青、茶、黒。生地に厚みがあり、擦れる場所には金具や重ね縫いが入る。

どれも、はじめは作業着として作られている。リーバイスは西部の労働の現場で使うリベット入りのズボン、カーハートは鉄道で働く人のオーバーオール、ディッキーズもオーバーオールから始まっている。
街へ出た経路は服ごとに違う。アメリカでは1950年代の映画を通してデニムが若者の服になり、カーハートのジャケットは1990年代初めのニューヨークで街の服になった。
汚れても構わない服に見える。雨の日にしゃがんでも、荷物を担いでも気にならない。
アウトドア——防水と防寒が、そのまま形になっている
雨を通さない生地、風を防ぐ作り、汗を逃がす仕組み。マウンテンパーカ、フリース、ダウンジャケットは、どれも山や水辺で身を守るための装備だった。フードが深いのは風雨から顔を守るため、身頃にゆとりがあるのは下に重ね着をするため。赤・黄・青といった、遠くからでも見える色が多い。
日本で街着として広がったきっかけは、1970年代の半ばにある。イラストレーターの小林泰彦が、米国で見たアウトドアの装い——山用のパーカ、ダウン、厚い靴——を雑誌で紹介した。「ヘビーデューティー」と名づけられたこの装いから、山の服を街で着るという発想が広まっている。
装備であることが、街でも隠れない。黒や紺のマウンテンパーカなら普段の格好に収まるし、赤や黄のものを選べば、そこだけ山の色が残る。
スポーツ——伸びる生地と、動きやすい形
トラックジャケットの脇と袖には線が入っている。スウェットは厚手で、首まわりが伸びないように縫い留めてある。スニーカーは紐で締まり、底に厚みがある。生地は伸び、汗を吸い、腕と脚が動かしやすい。
もとは競技の道具だった。陸上の選手が試合の前後に羽織る上下、大学の運動部が練習で着ていた綿のスウェット、バスケットやランニングのための靴。色は黒・紺・グレーが土台で、線やロゴの部分にだけ強い色が入る。
競技のために作られた服や靴は、やがて普段着にも取り入れられた。いまでは、ジムへ行かない日のスウェット、買い物へ行くときのトラックジャケット、革靴を持っていても選ばれるスニーカー——運動しない日に着ているのも珍しくない。競技の服が、そのまま普段の格好の中に入っている。
全体が軽くなる。三本線やロゴのように遠くからでも分かる印が付いているので、そのぶん目にも留まりやすい。
ストリート——大きめのTシャツと、パーカー
大きめのTシャツ、パーカー、キャップ、底の平たいスニーカー。無地の黒・白・グレーに、胸や背中いっぱいの文字やグラフィックが刷ってある。
スケート由来の服では、動きやすいゆったりしたTシャツやパンツが使われてきた。体を大きく動かすので、張り付く服では邪魔になる。靴に求められるのは、丈夫さと、板の上でのグリップだ。
大きめの服の流れは、それだけではない。装い自体は、1970年代のカリフォルニアのスケートと、ニューヨークの音楽の周りで、それぞれ先にできあがっている。それを服として売る店やブランドが出てくるのは、そのあとだ。第2回で扱ったStüssyは1980年代のはじめ、サーフボードを削っていた人が自分のサインを刷ったTシャツから、Supremeは1994年、ニューヨークのスケートショップから始まっている。
崩した格好になる。Tシャツを一枚混ぜるだけで、きれいめに寄せた格好が少し緩む。
古着——ここまでの服が、まとめて並んでいる
古着は、ここまでの六つと並ぶ系統ではない。古着屋の棚には、軍物もワークもスポーツウェアもアイビーも混ざっている。

擦れたフィールドジャケット、色の抜けた大学名入りのスウェット、洗いの効いたデニム、いまは作られていない生地のシャツ。同じサイズがもう一枚あるとはかぎらないし、同じものが翌週も残っているとはかぎらない。
一着ごとに、使われた時間の跡が残っている。擦り切れも色落ちも、そこにしか出ていない形をしている。新品でそろえた格好の中へ一枚混ぜると、そこだけ時間の長さが違って見える。
次回
ここまでで、ブランドと靴と店と、服の出どころを見てきた。第6回では色とシルエットを扱う。同じ服でも、色の組み合わせと全身の輪郭で、雰囲気は変わる。