この連載の目次(全8回・完結)
日本で造られているワインは、甲州とマスカット・ベーリーAだけではない。長野の一つの畑からはメルローの赤もシャルドネの白も出るし、北海道の余市ではケルナーが実る。棚に並ぶ「日本ワイン」の中身は、県によっても造り手によっても違う。
甲州とマスカット・ベーリーA

日本のワインでよく見る名前が、白の甲州と赤のマスカット・ベーリーAだ。どちらも山梨が主な産地になっている。
甲州の白でよく出会うのは、色が淡く、香りの強く立たない辛口である。口に入ると酸が澄んで切れ、そこへわずかな渋みが混じり、飲んだあとに残るのはその手触りだ。マスカット・ベーリーAの赤からは、イチゴのような甘い香りが立つ。ただし香りが甘いことと、口に含んでからの甘さは別で、辛口に仕上げた一本でもこの香りは出る。産地の中の幅は山梨の図鑑にある。
この2品種は、山梨の外の造り手も仕込んでいる。栃木・足利のココ・ファーム・ワイナリーは、山梨の畑の甲州を果皮や種と一緒に発酵させて、オレンジ色の白に仕上げている。黄桃やオレンジピール、茶葉に木炭を思わせる複雑な香りで、しなやかな酸とやわらかな旨味に、ほどよい渋みが重なる。新潟の岩の原葡萄園のマスカット・ベーリーAでは、イチゴの香りは控えめで、後から黒い果実とすみれが出てくる。まろやかな果実味から広がって、酸との釣り合いもよく、余韻が長い。
長野——一つの畑の赤と白、塩尻のメルローと竜眼
長野県上田市丸子地区の陣場台地に、シャトー・メルシャンの椀子ヴィンヤードがある。ここ一つの畑から、赤も白も出ている。
メルローは、濃いルビーレッドで、ブラックベリーやカシス、木イチゴがコンポートのように豊かに香り、そこへ森の下草やタバコの匂いが奥行きを加える。口の中では豊かな酸と、力強いのにきめの細かい渋みが働く。同じ畑のシャルドネのほうは、パイナップルやマンゴー、白桃に、樽から来るヴァニラとアーモンドが調和して、心地よい酸のあとに果実が広がり、余韻が長い。
塩尻の桔梗ヶ原へ行くと、メルローの顔が変わる。紫がかったガーネットで、程よい酸としっかりした渋みが釣り合い、繊細な味わいの中に厚みと力強さが出てくる。カシスやダークチェリーのドライフルーツにミントが混じる香りは、時間とともに華やかに広がっていく。
長野には、欧州から来た品種以外の柱もある。塩尻の五一わいんが出す竜眼は、この県の固有品種の白ブドウだ。果皮と種を一緒に発酵させた一本は淡いオレンジ色で、ハーブや白い花、ラ・フランスを思わせる香りに、果皮と種から来るやわらかい渋みが心地よく残る。
北海道——余市のケルナーと、赤いブドウ

北海道でワインの畑が集まっている場所のひとつが、小樽の西にある余市だ。ここで名前をよく見る白ブドウがケルナーである。
北海道ワインが余市の北島農園の4番畑から造るケルナーは、柑橘と甘い花を思わせる香りが立ち、清らかな酸としっかりした骨格が組み合わさった辛口になる。余市町登町のキャメルファームのケルナーでは、レモンや青リンゴ、洋梨にハーブの香りが加わり、しっかりした酸とミネラルの感じが前に出る。
赤も育つ。余市ではツヴァイゲルトを使うのが伝統で、力強い骨格に、ガメイのような華やかで豊かな果実味が重なる品種だ。ドメーヌ・タカヒコのナナツモリ パストゥグランはこれをピノ・ノワールに合わせた一本で、ピノ・ノワール100%のものより色が濃く、渋みもしっかりしている。同じ蔵の看板であるナナツモリ ピノ・ノワールのほうは、果実味の中に草花や木、キノコの香りが立ち、旨味を伴う余韻が長い。
内陸にも畑は広がっている。札幌の北東にある浦臼町の鶴沼には北海道ワインの直轄農場があって、ここのゲヴュルツトラミネールは、ライチや白桃、柑橘の香りに、冷涼な気候を映した爽やかな酸が乗る。
山形——デラウェアの極甘口と、泡
山形で栽培の盛んなブドウに、デラウェアがある。生食用としてよく知られたこの品種が、ここではワインになる。
高畠ワイナリーは、このブドウから、アプリコットや熟した白桃、蜂蜜を思わせる凝縮した極甘口を造る。同じ山形のタケダワイナリーは、デラウェアを泡にしている。酵母が生んだ細かい泡が、フレッシュな香りを引き立てる一本だ。
ラベルの「日本ワイン」という表示は、国内で収穫したブドウだけを使って国内で造ったものに付く。輸入した果汁やワインを使って国内で製造したものは、この表示にはあたらない。