この連載の目次(全8回・完結)
同じ棚に、数百円の一本と、数万円の一本が並んでいる。ラベルを見比べても、その差がどこから来るのかは書かれていない。
ボルドーのポムロールという地区には、桁違いの値が付くペトリュスと、数千円で買えるシャトーのセカンドラベルが同居している。地区は同じで、この一帯の赤はメルロを主体に造られる。値段の差は、瓶の中身だけで決まっているわけではない。
どれだけ採れるか

ボルドーのサン・テミリオンには、サン・テミリオンと、サン・テミリオン・グラン・クリュという二つの呼称がある。二つは同じ土地を共有していて、分けているのは名乗るための条件のほうだ。グラン・クリュを名乗るには、1ヘクタールの畑から採ってよいブドウの量がより少なく抑えられ、最低限の熟成期間も課される。同じ広さの畑から出せる本数が、それだけ変わる。
フランスの産地の呼称には、こうした収穫量の上限が決められている。ブルゴーニュはもっと細かい。地方名の「ブルゴーニュ」から、村の名前、さらに畑の名前へと、名乗れる範囲が狭くなっていく。範囲が狭いほど、その名前を付けられるワインの量は少ない。
反対に、日常向けに大量に造るワインもある。棚でよく見るフロンテラは、コンチャ・イ・トロが出しているそうしたブランドの一つだ。畑と蔵にかかった費用は、造った本数で割られる。
どこまで人の手を入れるか
畑と醸造にどれだけ人手と設備を使うかでも、一本にかかるものが変わる。
ボルドーで造る泡のクレマン・ド・ボルドーは、収穫が完全な手摘みである。畑に人が入り、房を一つずつ手で摘み取っていく。
山梨のグレイスは、グレイス甲州に使うブドウに、房ごとに笠をかける。秋の雨を実に当てないための作業で、畑にぶら下がる房の一つずつに人の手が入る。
ニュージーランドのセント・クレアは、畑を区画ごとに分けて仕込み、それぞれを別に管理している。
道具の側でも差が出る。ナパのシルバーオークは自前の樽工房を持っていて、自分たちが使う樽をそこで造っている。
置いておく時間

ワインによっては、造り終えてから出荷するまでに何年もかかる。
ナパのシルバーオークが出している2020年のナパ・ヴァレー カベルネ・ソーヴィニヨンは、出荷までに5年寝かせてある。その間、瓶と樽を置く場所が要り、温度を保たなければならない。売り上げになるのは5年先である。
シャンパーニュの造り手は、仕込んだワインの一部を売らずに取っておき、何年かあとのブレンドに回す。リザーヴワインと呼ばれるもので、毎年同じ味に仕上げるための手立てだが、取っておくあいだは在庫を抱えることでもある。
サン・テミリオン・グラン・クリュのように、呼称の条件として熟成期間が決まっているものもある。名乗るには、その期間を待たなければならない。
名前と、日本の棚に届くまで
ポムロールには、公式の格付けがない。この地区の序列は、主だったワインの評判と取引価格から読み取るほかないことになっている。冒頭のペトリュスと、シャトー・ド・サルのセカンドラベルであるシャンタルエットが同じ呼称の中に並んでいるのは、そういう土地でのことだ。
格付けのある土地でも、成り立ちは近い。1855年、パリ万国博覧会に合わせてメドックの赤の格付けが作られたとき、示された評価の基準は、直近の収穫年がいくらで取引されているかだった。品質を審査して順位を決めたのではなく、すでに市場で付いていた値段を並べ直した表である。それが「格付け」として残り、いまもラベルに刷られている。
日本の棚に並ぶまでにも、中身とは別の事情が挟まる。輸入元が買い付け、船で運び、温度を保って保管し、店へ卸す。希望小売価格を決める会社もあれば、値付けを店に委ねるところもある。ナパのロバート・モンダヴィやベリンジャーは日本での価格がオープン価格で、いくらで売るかは店ごとに変わる。
次回
第5回では、シャンパーニュ、プロセッコ、カヴァといった泡のワインが、それぞれどんな味なのかを見ていく。