この連載の目次(全8回・完結)
- 01ワインの名前で迷子にならないために、まず5つの言葉だけいまここ
- 02よく見る5ブランドは、ラベルのどこを見るかが違う無料会員
- 03レストランの歩き方読み放題
- 04値段の構造——800円と8万円の間に何があるのか読み放題
- 05スーパーの棚は読める読み放題
- 06泡の教養——シャンパンと、それ以外の線引き読み放題
- 07「当たり年」の話に乗る読み放題
- 08最終回——ワインの話に入る読み放題
ワインリストを開く。ハウスワイン、シャルドネ、ボルドー、シャンパーニュ——読める名前ばかりなのに、選べない。無理もない。シャルドネはブドウの名前で、ボルドーは土地の名前で、ハウスワインはどの瓶の名前でもない。同じ列に並んでいる言葉が、実は別々の層を指している。ここが分かると、ワインの話は急に追えるようになる。
- 相手:ワイン、どうしますか。シャルドネと、ボルドーの赤もありますけど
- 自分:シャルドネとボルドーって、同じ種類の名前なんですか?
- 相手:言われてみると、片方はブドウで、片方は場所ですね
- 自分:全部覚えなくても、名前が何を指すかだけ分かればよさそう
今日は5つだけ、名前を元の層へ戻す。品種の細かい性格も、産地の地図も、まだ覚えなくてよい。
5つの名前は、同じ種類の言葉ではない
店が選ぶ提供枠
ハウスワイン
店が「うちのグラスはこれ」と決めた提供枠。特定の商品や品種の名前ではない
銘柄や品種を書かず、「ハウスワイン」とだけメニューに載る店もある
白ブドウ品種
シャルドネ
白ワインに使われる、ブドウの品種の名前
同じシャルドネでも、産地や樽の使い方で味は変わる
黒ブドウ品種
カベルネ・ソーヴィニヨン
赤ワインに使われる、ブドウの品種の名前。商品ブランドではない
一本の主役にもなり、ほかの品種とのブレンドの一部にもなる
フランスの産地
ボルドー
フランス南西部の産地の名前。味を一つに決める名前ではない
赤だけでなく辛口の白もあり、複数品種を組み合わせるワインも多い
保護された産地名称
シャンパーニュ
発泡性ワイン全体の呼び名ではなく、条件を満たした泡だけの名称
条件を満たさない泡は、産地ごとに別の名前で売られる
順位表ではない。店の枠、ブドウ品種、産地、保護された名称を、同じ種類の名前だと思わないための入口。
この5つは、順に「店の言葉」「ブドウの言葉」「ブドウの言葉」「土地の言葉」「守られた名前」だ。層が違う言葉は、比べられない。「シャルドネとボルドー、どっちがおいしいか」という問いが成立しないのは、片方がブドウで片方が土地だからだ。ここから一つずつ、層ごとに見ていく。
ハウスワイン——店が選ぶ枠
ハウスワインは、商品の名前ではない。店が「うちで出すならこれ」と選んだ、グラスから頼める提供枠の名前だ。だから同じ「ハウスワイン」でも、店が変われば中身は別のワインになる。
実例を一つ。サイゼリヤの公式メニューでは、グラスワインは「ハウスワイン」とだけ表示され、銘柄も造り手も書かれていない。公式サイトには、現地のワイナリーと協働してハウスワインを開発し、イタリアから直輸入していると書かれている。一方で同じ店でも、ボトルワインのページには造り手の名前やワインの名前まで載っている。つまり「ハウスワイン」という表示は手抜きではなく、店が中身を選んで請け負う、という型なのだ。
中身が知りたければ、聞いていい。「ハウスワインの赤って、どんなタイプですか」——中身を答えるのは店の仕事で、この質問は詳しい人の専売ではない。
シャルドネとカベルネ——品種の名前
シャルドネとカベルネ・ソーヴィニヨンは、どちらもブドウの品種の名前だ。品種は味の設計図になる。シャルドネなら白で、産地や樽の使い方しだいで軽やかにもコクのある方向にも振れる。カベルネ・ソーヴィニヨンなら赤で、渋みのしっかりした方向に出やすい。品種名は味を保証しないが、見当をつけさせてくれる。
そして品種名は、ラベルのどこに出るかが産地で違う。チリやオーストラリアなど、いわゆる新世界のワインは、品種名を表ラベルに堂々と書くことが多い。フランスやイタリアなど旧世界のワインは、産地の名前が前に出て、品種はその後ろに隠れることがある。品種名が読めるラベルは、説明書きつきのラベルだと思っていい。
ラベルの表示は、飾りではなく決まりごとの世界でもある。日本では国税庁の表示基準が、「日本ワイン」と表ラベルに書ける条件や、品種名・産地名・収穫年を表示できる条件を定めている。ラベルの品種名は、ルールに則って書かれた情報だ。
ボルドー——幅を持つ産地の名前
ボルドーは、商品名でも品種名でもない。フランス南西部の産地の名前だ。
ボルドーワイン委員会(CIVB)の公式資料によれば、ボルドーワインの基盤になるのは赤3種・白3種の主要6品種で、多くのワインは複数の品種を組み合わせる「アッサンブラージュ」(ブレンド)で造られる。つまりボルドーと書いてあっても、中の品種は一つとは限らない。
「ボルドー=高級ワイン」という思い込みも、公式の紹介とは合わない。公式サイト自身が、赤を軽やかでフルーティなタイプから長期熟成型まで分けて紹介し、フローラルな辛口の白のスタイルも並べている。産地の名前は、味を一つに決めない。幅を教えてくれる名前だ。メニューで「ボルドー」とだけ見えたときは、決めつけずに、赤か白か、軽いか重いかを店に聞けばいい。
シャンパーニュ——条件のある名称
シャンパーニュは、泡の総称ではない。シャンパーニュ委員会の公式ページは「シャンパーニュ産スパークリングワインだけがシャンパーニュ」と書いている。フランスのシャンパーニュ地方で、定められた条件を満たして造られた発泡性ワインだけが名乗れる、原産地の名称だ。1936年に原産地統制名称として認知され、いまは130か国以上で保護されている。
だから、条件を満たさない泡は、産地ごとに別の名前で売られている。日常会話の「シャンパン」はこの名称の言い慣らしだが、乾杯の泡が全部シャンパーニュとは限らない。迷ったら「泡」「スパークリング」と言っておけば、まず外さない。名称の条件を知っていることは、泡に序列をつけることではなく、名前を正確に呼べるということだ。
メニューを30秒で見る順番
ここまでの層を、メニューの上で使う。見る順番は三つでいい。
まず、グラスかボトルか。グラスの欄には「ハウスワイン」や品種名だけの表記が多く、一杯から試せる。
次に、名前の層を見る。品種名(シャルドネ、カベルネなど)が書いてあれば、味の見当がつく。産地名(ボルドーなど)だけなら幅があるということなので、赤か白か、軽いか重いかを聞く。
最後に、予算。メニューの数字を指で示して「このあたりで」と伝えるのは、世界中で行われている正式な作法だ。恥ずかしい行為ではない。
そして注文の言葉は、これだけで成立する。「軽めの赤が好きで、予算はこのくらい」。品種名すら要らない。ソムリエや店員は、知識を試してくる敵ではない。条件を伝えると、その範囲で一本を選んでくれる相手だ。
ワイン好きは、違いを一つ見つけて楽しむ
最後に、ワイン好きが何を楽しんでいるのかを一つだけ。名前の暗記ではない。違いを見つけることだ。同じシャルドネでも、産地と造りで別の顔になる。同じ産地でも、品種で変わる。その差を一つ見つけて、好きか苦手かを言葉にする——楽しみの中心はここにある。
だから、重さも甘さも渋みも、優劣ではなく持ち味だ。重いほうが上等だという順位も、甘口を入門扱いする順位も存在しない。ボルドーの公式サイトですら、難しいルールより純粋な楽しさが大切だと書いている。
次の第2回では、この5つの層を、スーパーの棚で実際に見る5つのブランドに当てはめる。ラベルのどこを見るかは、ブランドごとに少しずつ違う。
次の一歩
メニューの前で固まる時間は、もう要らない。ハウスワインは店の枠、シャルドネとカベルネは品種、ボルドーは幅を持つ産地、シャンパーニュは条件のある名称——読めない名前が出てきたら、どの層の言葉かを考えるだけでいい。層さえ分かれば、あとは聞ける。