この連載の目次(全8回・完結)
日本酒を何本か飲むと、銘柄名より先に「もう一度飲みたい味」のほうが残る。獺祭のきれいな香り、十四代の濃い甘み、新政の酸、而今の瑞々しさ、久保田と八海山の切れ。最終回は、その記憶から次の一本へつないでみる。同じ味の代わりを探すのではなく、好きだった要素を一つ残して、少しずらしていく。

獺祭 純米大吟醸 磨き二割三分株式会社 獺祭(山口県岩国市)
Photo: Breizhiz75 / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0(写真は獺祭の別商品「磨き二割三分」。本文では獺祭からの道すじを扱っている)
獺祭・十四代から花陽浴へ——香りと甘みをもっと濃くする
獺祭を飲んで華やかな香りが残った人、十四代の厚い甘みが忘れられない人。この二つは向きが少し違うが、どちらも「香りと甘みが記憶に残った」側にいる。
そこからもう一段濃くするなら、花陽浴(はなあび・埼玉県羽生市の南陽醸造)である。獺祭の香りがマスカットやリンゴを思わせる澄んだ方向なら、花陽浴はパイナップルやマンゴーに寄る。無濾過生原酒の商品では、香りだけでなく口いっぱいに広がる濃い甘みまで果汁のようだ。それでいて後味は残り続けない。
十四代の濃い甘みが好きなら、花陽浴も次の候補に入る。十四代の代わりということではなく、香りと甘みという同じ入口を、もっと濃い側へ動かす選択だ。
新政から仙禽・風の森へ——酸の出方を変えてみる
第2回では、新政を明るい酸と軽いガス感で覚えた。この二つは、別々の方向へ伸ばせる。
酸のほうを追うなら、仙禽(せんきん・栃木県さくら市)。新政の酸が引き締める側に働くのに対し、仙禽は酸と甘みを一緒に感じさせる。定番のクラシック仙禽は、透明感のある酸がありながら、後味は辛口に終わる。新政の酸を、もう少し甘みと組ませて飲みたいときの次の一本である。
ガス感のほうを追うなら、風の森(奈良県御所市の油長酒造)。搾ったままの生酒だけを出す蔵で、発酵で生まれた炭酸ガスが酒に溶け込んでいるため、開栓すると細かい泡が立つ。新政のわずかなガス感が、はっきりした発泡になる。口当たりは滑らかで、時間が経って泡が抜けると味も変わっていく。
而今・鍋島から作へ——甘旨さを、透明感のある方向へ動かす
而今や鍋島で残るのは、甘みと酸と米の旨みが一緒にふくらむ感じだ。ここが好きで、もう少し静かな飲み口にしたいなら、第2回でも触れた作がいい。
作は、メロンやライチを思わせる果実の香りが穏やかに立ち、旨みと酸がバランスよく続く。蔵が全商品に掲げるのも、柔らかな味わいとキレ、そしてクリアな透明感だ。而今の密度や鍋島の膨らみを、そのまま透明感のある側へ動かした飲み口になる。
飛露喜から田酒へ——米の旨みを残す

田酒西田酒造店(青森市)
飛露喜は、米の旨みが先に来て、飲みごたえがあり、最後は酸が整えて切れる酒だった。旨みのほうが好きだった人に合うのが、青森の田酒である。
田酒は米と米こうじだけで醸す純米中心の蔵の酒で、代表的な特別純米は原料米に地元産の米を使う。飛露喜より酸の切れ方は穏やかで、米の旨みをゆっくり残す。
久保田・八海山から黒龍・〆張鶴へ——切れに香りかふくらみを足す

黒龍黒龍酒造(福井県永平寺町)
久保田の切れ、八海山の滑らかさ。軽さのほうが記憶に残った人には、足したいものによって二つの行き先がある。
香りを足したいなら、福井の黒龍。定番の吟醸は香り立ちがよく、アロマは端正で華やかだ。口当たりには透明感のある軽やかさがあり、後味は微かな苦味で締まる。久保田の切れを残しながら、香りを端正な方向へ伸ばした一本である。
ふくらみを足したいなら、同じ新潟の〆張鶴(村上市の宮尾酒造)。純米吟醸の「純」は、やさしい含み香と米の旨みがあり、淡麗できめ細かく、後味はすっきり終わる。八海山の淡麗さに、少しふくらみを足した方向だ。
一つ残して、少しずらす
日本酒は、銘柄名をたくさん覚えるほど分かるようになるものではない。前に好きだった一杯と比べると、初めて見る銘柄にも入口ができる。獺祭の次に花陽浴、新政の次に仙禽、飛露喜の次に田酒。同じ味ではないが、好きだった部分が一本つながっている。一本飲むたびに、その次に試したい酒が増えていく。
この連載で扱った銘柄のうち、獺祭、十四代、新政、而今、飛露喜、鍋島、久保田、八海山、田酒、黒龍には、記事末尾の日本酒図鑑に一銘柄ずつのページがある。蔵と銘柄の背景、商品ごとの味の違い、ラベルの見分け方、温度や料理まで、そこで詳しく読める。
次に売り場で知らない銘柄を見たときも、完全に知らない酒ではない。香り、酸、甘み、旨み、切れのどれかは、これまで飲んだ一本につながっている。