この連載の目次(全8回・完結)
- 01八海山って何? 日本酒の話で迷子にならないための5つの言葉いまここ
- 02日本酒好きは、銘柄の「どこが違うか」で盛り上がっている無料会員
- 03酒場の歩き方読み放題
- 04「純米大吟醸」の正体読み放題
- 05蔵と地域の系譜読み放題
- 06温度と器の教養読み放題
- 07季節の日本酒読み放題
- 08最終回——日本酒の話に入る読み放題
居酒屋で「八海山、飲みます?」と聞かれる。名前は知っている。けれど、八海山が辛口の種類なのか、蔵の名前なのか、一本の商品名なのかが分からない。メニューには純米、吟醸、生酒も並び、燗にもできるという。日本酒が難しく見えるのは、覚える量が多いからだけではない。別の仕事をする言葉が、同じ一列に並んでいるからだ。
- 相手:八海山、飲みます?
- 自分:八海山って、辛口の種類でしたっけ?
- 相手:銘柄ですね
- 自分:純米とか吟醸とは、別なんですか?
別である。今日は5つだけ、元の箱へ戻す。味を当てる必要も、銘柄を十本覚える必要もない。
5つの言葉は、5つの違う情報を持っている
銘柄|八海醸造・新潟
八海山
八海醸造が造る、日本酒のブランド名
同じ銘柄の中に、普通酒、特別本醸造、純米大吟醸などがある
原料に関わる表示
純米
米、米こうじ、水で造った清酒につく表示
銘柄名ではない。吟醸と組み合わさり、純米吟醸にもなる
造りに関わる表示
吟醸
米をよく磨き、低温でゆっくり発酵させる吟醸造りの表示
特有の香りが出やすい。純米とは別の観点
加熱処理の状態
生酒
造ったあとに、加熱殺菌をしていない酒
純米の生酒も、吟醸の生酒もある。保存表示を確認する
飲む温度
燗
酒を温めて飲むこと
銘柄でも造りでもない。同じ酒でも温度で印象が変わる
順位表ではない。銘柄、原料、造り、状態、温度を、同じ種類だと思わないための入口。
一番大事なのは、八海山だけが名前で、残る四つはその酒について足される情報だということだ。
日本酒の「種類」は、一列ではなく重なっている
日本酒の言葉は、次のように重ねて見る。
銘柄 八海山
造りの表示 純米大吟醸
状態 火入れ、または生酒
飲む温度 冷たい、室温、燗
この四段を一つの言葉にすると、たとえば「八海山という銘柄の、純米大吟醸を、冷やして飲む」になる。
「純米吟醸」という表示も、純米と吟醸のどちらかを選んだ名前ではない。米、米こうじ、水で造るという原料の条件と、吟醸造りという条件の両方を満たした酒だ。
日本酒に種類はある。ただし、ビール、ワイン、ウイスキーのような一段だけの分類ではなく、銘柄、原料、造り、状態、温度が重なっている。ここが分かれば、知らない言葉が一つ増えても、どの段の話かを確かめられる。
八海山は一種類の酒ではなく、銘柄
八海山は、新潟県南魚沼市の八海醸造が造る銘柄だ。
公式サイトには「清酒 八海山」と「純米大吟醸 八海山」が別の商品として載っている。「清酒 八海山」は特定名称を持たない普通酒で、「純米大吟醸 八海山」は純米大吟醸酒。同じ八海山でも、原料や造りの表示が違う。
ここで、普通酒を「何も書けない下の酒」と考えない。八海醸造は「清酒 八海山」を、食事を邪魔しない淡麗な酒として設計し、日常で飲める品質を目指している。純米大吟醸は、透明感に上品な甘やかさを持たせ、料理を引き立てる少し高級な食中酒として説明されている。
つまり、銘柄名だけでは味は一つに決まらない。
八海山を見つけたら、その下に何と書いてあるかを見る。 普通酒か、特別本醸造か、純米大吟醸か。日本酒好きが最初に確かめるのは、「八海山を知っているか」より、どの八海山かである。
純米と吟醸は、競争相手ではない
純米は、原料の話だ。米、米こうじ、水で造る。
吟醸は、造りの話だ。国税庁の基準では、よく磨いた米を使い、低温でゆっくり発酵させる吟醸造りを行い、特有の香味を持つことなどが条件になる。大吟醸は、その中で精米歩合などの基準がさらに定められている。
だから、次の組み合わせがある。
| 表示 | 入口での読み方 |
|---|---|
| 純米酒 | 米、米こうじ、水で造る |
| 吟醸酒 | 吟醸造り。醸造アルコールを使う場合がある |
| 純米吟醸酒 | 純米の原料条件と、吟醸造りの両方 |
| 純米大吟醸酒 | 純米の原料条件と、大吟醸の基準の両方 |
「純米と吟醸はどちらが上か」という問いが難しいのは、見ているものが違うからだ。表示は酒を選ぶ手掛かりだが、そのまま好みの順位にはならない。
生酒は、造りではなく加熱処理の状態
一般的な清酒は、品質を安定させるために加熱処理を行う。生酒は、造ったあとに加熱殺菌を一切していない酒だ。
そのため、生酒は「純米」「吟醸」と並ぶ一つの階級ではない。純米吟醸の生酒も、本醸造の生酒もあり得る。
生酒で面白いのは、味の肩書より鮮度と扱い方まで商品の一部になることだ。冷蔵が必要か、開栓後はどう保管するか。ラベルに保存上の注意があれば、それを優先する。
日本酒好きが生酒の話をするときは、単に「生の方が上」と言っているのではない。火入れした酒との違い、開けた日からの変化、どの温度で香りが出たかを面白がっている。
燗は酒の種類ではなく、同じ酒を変える温度
燗は、酒を温めて飲むことだ。純米酒にも、本醸造酒にも、燗にして印象が変わる酒がある。
日本酒は冷たい状態から温かい状態まで、幅広い温度で飲まれる。温度が上がると香りが広がったり、米の旨みが丸く感じられたりする一方、冷たいと輪郭が引き締まり、軽く感じることもある。
最初から人肌燗、ぬる燗、上燗の温度を暗記しなくてよい。同じ酒を冷たい状態とぬる燗で飲む機会があれば、香り、甘み、後味のどれが変わったかを一つだけ見る。
日本酒は、一本を一度飲んで点数をつけるより、温度で表情が変わることを楽しめる酒だ。
日本酒好きは、何で盛り上がっているのか
日本酒好きが話しているのは、難しい用語の正解だけではない。よく見ているのは次の五つだ。
-
同じ銘柄の、どの商品か
八海山でも、普通酒と純米大吟醸では入口が違う。 -
香り、口当たり、飲み込んだ後
最初に香るもの、口の中の甘みや旨み、後味の切れを分けて見る。 -
温度でどう変わったか
冷たいときと、少し温度が上がったときの違いを見る。 -
何と一緒に飲んだか
酒だけの点数ではなく、刺身、焼き物、煮物などとの組み合わせを見る。 -
米、酵母、土地、状態
ラベルの一語が、香りや味の理由へどうつながるかを見る。
五つ全部を話す必要はない。一杯で「後味がすっと消えた」「温めたら香りが広がった」「焼き魚のあとに軽く感じた」のどれか一つに気づけば、日本酒好きが面白がっている場所へ入っている。
飲めない日や、飲まない人も、銘柄と表示の関係、蔵の土地、器や食事の組み合わせを楽しめる。知識のために飲酒量を増やす必要はない。
純米、大吟醸、希少な銘柄を、そのまま品質の順位にしない。 表示は原料や造りを説明し、銘柄は蔵の考えを示す。最後に残るのは、自分が何を感じたかである。
飲酒は20歳になってから。運転する予定がある日は飲まない。 体調、服薬、妊娠・授乳など、飲酒を控えるべき事情を知識より優先する。量を競わず、水と食事を取りながら自分のペースで楽しむ。
次の一歩
次に八海山を見つけたら、知ったふりをする必要はない。大きな「八海山」の文字の下を一つ見る。純米か、吟醸か、生酒か。飲むなら温度を一つ選ぶ。
日本酒の入口は、銘柄を百本覚えることではない。いま見ている言葉が、名前、造り、状態、温度のどれかを分けることだ。