この連載の目次(全8回・完結)
久保田と八海山は、軽く後味が切れる新潟の酒。白鶴と菊正宗は、家庭の日常酒から燗酒まで広く飲まれてきた灘の酒。賀茂鶴は、香りと柔らかな旨みで覚えたい広島の酒。この5銘柄を並べると、新潟・灘・広島という地名が、味のあるイメージに変わってくる。

久保田 萬寿 純米大吟醸朝日酒造(新潟県長岡市)
(写真は久保田の別商品。本文では新潟の銘柄としての久保田を扱っている)
新潟——久保田と八海山に残る、淡麗な酒のイメージ
新潟は雪国で、地下水はミネラルの少ないやわらかな水になる。県には日本酒専門の県立試験場があり、蔵の技術指導と研究が長く続いてきた。新潟の酒は、「きれいで、すっきりして、あとに残らない」と評されてきた。淡麗辛口が新潟の代名詞になったのは昔からではなく、ここ数十年で広まった評価だ。
その新潟の像と結びつけて語られることが多いのが、久保田と八海山である。
久保田は、軽く、後味が早く切れる。千寿は青竹を思わせる爽やかな香りがあり、萬寿より吟醸香は控えめだ。料理の味を残したまま、杯を重ねやすい。

八海山 特別純米原酒八海醸造(新潟県南魚沼市)
(写真は八海山の別商品。本文では新潟の銘柄としての八海山を扱っている)
八海山は、口当たりが滑らかで、冷酒ではすっきり、燗にすると中盤の甘みが少し前へ出る。同じ「新潟の淡麗」でも、久保田の切れとは触り心地が違う。
灘——白鶴と菊正宗を支えた、大きな酒どころ

兵庫県の海沿い、神戸から西宮にかけての灘五郷は、江戸期から続く酒造りの集積地だ。いまも大手の蔵が並び、全国へ酒を送り出している。
水は新潟と正反対で、宮水と呼ばれる井戸水はミネラルを多く含む硬水である。酒の色や風味を損なう鉄分がほとんど含まれていないことも、この水の特徴だ。かつて灘の酒が「男酒」と呼ばれたのは、その力強さを指した古い通称だ。
白鶴は、御影郷に蔵を構える灘の大手である。第1回で見た紙パックのまるは、特別な一本というより、家庭で冷酒にも燗にも使われてきた日常酒だ。冷や、常温、ぬる燗、上燗のどれにも合わせられ、家庭で飲む温度を選ばない。

白鶴 サケパック まる 3L白鶴酒造(兵庫県神戸市)

菊正宗は、久保田や八海山より味の押しが強い。すっきり切れるだけでなく、後半に米の厚みを残す辛口で、燗にすると旨みが前へ出る。看板にするのは生酛——自然の乳酸菌の力を借りて酵母を育てる、手間のかかる造りだ。
広島——軟水から吟醸酒へつながった酒造り

広島の水は、灘とは逆の軟水だ。ミネラルが少ないぶん発酵が進みにくく、かつては酒造りに不利とされた。
その条件に向き合ったのが、明治期の三浦仙三郎である。麹をしっかり育て、低温でゆっくり仕込む軟水醸造法が、広島の酒造りを支えた。のちに広島は吟醸酒の産地としても知られるようになる。
東広島市西条の賀茂鶴は、その広島を代表する銘柄だ。看板の大吟醸は、気品のある香りとまろやかな旨みで知られる。新潟の淡麗さや灘の押し味とは違い、香りと柔らかな旨みを楽しむ酒である。
産地名から、味の方向を思い出す
久保田の切れ、八海山の滑らかさ、白鶴の日常性、菊正宗の押し味、賀茂鶴の柔らかな香り。地域を一語で暗記するより、土地と代表的な一本を組み合わせて覚えるほうが、実際の味に近い。
売り場で新潟、灘、広島の文字を見たとき、そこから思い浮かぶ酒が一本あればよい。
次回
八海山は「冷でよし、燗でよし」、獺祭45は「10〜12℃」。同じ酒でも温度を変えると、味の出方は変わる。第6回では、4本の実例で、冷やしたときと温めたときの違いを見ていく。