この連載の目次(全8回・完結)
- 01浅草寺の隣に、なぜ浅草神社があるのか
- 02八幡・稲荷・天神は、なぜ全国にあるのか
- 03京都の歩き方
- 04寺で何をしているのか——坐禅・念仏・密教の儀礼
- 05仏像の見方——如来・菩薩・明王・天部
- 06御朱印の読み方
- 07鎌倉と奈良を、半日ずつ歩く
- 08もう一度、浅草を歩くいまここ
この連載は浅草から始まった。雷門をくぐり、本堂まで歩き、その東隣にある浅草神社まで足を延ばした。最後に、もう一度同じ道を歩いてみる。 境内は何も変わっていない。変わったのは、こちら側だ。
本堂——川から上がった像が、いまも奥にある
雷門をくぐり、仲見世を抜け、もう一つの門を過ぎると本堂に着く。
第1回で見たとおり、この寺は川から上がった一体の観音像から始まった。二人の漁師が網で引き上げ、この土地をまとめていた人が自分の家を寺に改めて祀った。その像は、いまも本堂の奥にある。姿は見えない。 公開されない像だからだ。
七回前と違うのは、「見えない」ということの意味が分かる点である。第5回で見たように、寺の像には公開されるものとされないものがある。ここでは、堂の中央に何が祀られているかを、由緒書きと拝観案内から読むことになる。建物を見て、その奥にあるものを想像する——それが、この本堂の見方になる。

東隣の社——迎えられた神ではなく、この土地の出来事から
本堂を出て東へ数十歩、浅草神社の境内に入る。祀られているのは、寺の始まりに関わった三人である。
ここで第2回が効いてくる。八幡・稲荷・天神は、別の土地で祀られていた神を迎えるという広がり方をたどった社が多い。ただし同じ名前でも、いつ、どこから、どんな事情で成り立ったかは社ごとに違う——それが第2回で見たことだった。
浅草神社にも、浅草固有の由緒がある。 この社の場合は、外から神を迎えたのではなく、この土地で起きた出来事から生まれたと伝えられている。八幡や稲荷と並べて、どちらが典型ということではない。どの社にも、その社の成り立ちがある。
社殿は1649年のもので、火災も戦争も震災も免れて残った。いつのものか、なぜ残ったか——それも由緒書きに書いてある。

境内の奥に、収まりきらないものがある
浅草神社の境内には、もう一つ小さな社がある。被官稲荷神社(ひかんいなりじんじゃ)である。
創建は1855年。当時の町の人が、妻の病気の回復を願って京都の伏見稲荷へ祈願したところ、快復した。その礼として伏見の稲荷を浅草へ迎え、小さな社を建てた。いまは浅草神社の境内にある末社として祀られている。
ここで、これまで見てきたものが重なる。京都の伏見の稲荷が、江戸の町の一件をきっかけに、浅草へ来ている。 第2回で見た「神を迎える」という仕組みが、寺の隣の神社の、さらにその境内で起きている。
社名の「被官」については、由来は分かっていない。浅草神社自身が不明としたうえで、「官を被る、ということから、就職・出世と解せばよい」と記している。分からないところは、分からないまま伝えられている。

一つの一帯に、寺があり、その東隣に神社があり、その神社の境内に別の系統の稲荷がある。寺社は、きれいに分類しきれない。 そして分類しきれないところにこそ、その場所がたどってきた事情が出ている。
同じ場所が、違って見える理由
七回前と、境内は何も変わっていない。変わったのは、そこに何があるかを知っているかどうかである。
本堂の奥に何が納められているか。東隣の社に誰が祀られ、それがなぜ寺の隣にあるのか。社殿がいつのもので、なぜ残ったのか。境内の奥の小さな稲荷が、どこから来たのか。目の前のものに、名前と来歴がついた。 それだけで、同じ砂利道の見え方が変わる。
寺と神社の違いは、鳥居があるかどうかで切り分けられるほど単純ではない。浅草では、寺の始まりに関わった三人を祀る社が後の時代に建てられ、明治に制度として分けられ、それでも建物の位置は動かなかった。ただしこれは浅草の形であって、社寺の結びつき方は場所ごとに違う。 それぞれの由緒を読まないと分からない——というのが、この連載で見てきたことだ。
もう一度、境内を見渡す
被官稲荷神社は、浅草神社の社殿の左手奥にある。参道から見て少し引っ込んだ位置なので、本殿へまっすぐ向かうと通り過ぎてしまう。木の覆屋の下に小さな社殿があり、左右に狐の像が置かれている。
浅草神社の社殿そのものにも、見落としやすいところがある。軒の下に、彩色された板がはまっている。 朱塗りの柱の上あたりを見上げると、金と緑の絵が横に並んでいるのが分かる。参拝する位置からは真上に近く、意識して見上げないと視界に入らない。
そして本堂の側へ戻ると、雷門から続く参道が、また人でいっぱいになっている。この一帯には、川から上がった像を祀る寺があり、その東隣に、寺の始まりに関わった三人を祀る社があり、その社の境内に、京都から迎えられた稲荷がある。 数十歩の範囲に、成り立ちの違うものが三つ重なっている。
七回前に歩いたのと、まったく同じ場所である。