この連載の目次(全8回・完結)
- 01浅草寺の隣に、なぜ浅草神社があるのか
- 02八幡・稲荷・天神は、なぜ全国にあるのか
- 03京都の歩き方
- 04寺で何をしているのか——坐禅・念仏・密教の儀礼
- 05仏像の見方——如来・菩薩・明王・天部
- 06御朱印の読み方いまここ
- 07鎌倉と奈良を、半日ずつ歩く
- 08もう一度、浅草を歩く
御朱印帳を開くと、朱色の印と、その上に重ねて書かれた黒い文字と、参拝した日付が並んでいる。あれは一体、何が書かれているのか。 記念スタンプとは何が違うのか。
一枚に、何が書かれているか
御朱印は、いくつかの要素の組み合わせでできている。寺社によって形式は違うが、よく見かける並びはこうだ。
実際の御朱印は寺社ごとに大きく違う。ここに示したのは、よく見かける要素とおおよその位置を表した模式図で、特定の寺社の御朱印を写したものではない。
朱の印が、この名前の由来である。角形の印、丸い印、社寺の紋を彫った印など、形はさまざまで、複数を組み合わせる寺社も多い。
墨書きは、その場で筆を執って書かれる。寺社名のほか、寺では本尊の名や堂の名が書かれることもある。
日付は、参拝したその日が入る。これがあるために、御朱印帳はいつどこへ行ったかの記録になる。あとから見返すと、旅の順番がそのまま並んでいることになる。
印が複数押されることも多い。中央に社寺の名を彫った印、右上や左下に別の印——霊場の札所番号、祀られている神仏の名、その社寺の紋などが入る。何の印なのかは、授与所の掲示や公式の案内で説明されていることがある。
なお、寺と神社では書かれるものが違う場合がある。寺では本尊の名や堂の名が中央に来ることがあり、神社では社名が中央に来ることが多い。同じ御朱印帳に寺と神社が混ざっていても差し支えないとされるが、分けて持つ人もいる。 決まりというより、その人の整理の仕方の問題である。
由来——巡礼で経を納めた証、という説
なぜ「参拝の記録」なのか。由来としてよく挙げられるのが、巡礼での納経(のうきょう)である。
各地の霊場を巡る人が、書き写した経を寺へ納める。その受け取りとして書付をいただく——これが元になった、という説明である。実際、四国八十八ヶ所や西国三十三所の巡礼では、いまも御朱印を「納経印」、御朱印帳を「納経帳」と呼び、納経所で受ける。巡礼の世界には、経を納める形がそのまま残っている。
ただし、これが唯一の起源だと断定できるほど話は単純ではない。 神社の御朱印がどう成立したかについては別の説明もあり、いま各地で見られる形が定着したのは、それほど古いことではないとされる。「有力な説のひとつ」として受け取っておくのが正確なところだ。
はっきりしているのは、現在それが参拝した人へ授与されるものだ、という点である。
参拝から、受け取るまで
基本は、参拝を済ませてから授与所へ向かう。 御朱印はその寺社に参拝したことの記録なので、順番はこうなる。
授与所は「御朱印所」「授与所」「納経所」といった表示で示されていて、場所は境内図に載っていることが多い。そこで御朱印帳を渡す。
細かなやり方は寺社によって違う。 受付の形も、待ち方も、御朱印帳の預け方も一律ではない。その場の案内や掲示に従えばよい。
納める額も寺社ごとに違い、変わることもある。 現地の掲示か公式の案内に書かれている。金額が示されず「お気持ちで」とされる場合もある。
直書きと、書き置き
渡され方には二つの形がある。
直書き(じかがき)は、その場で御朱印帳へ直接書いてもらう形。書き置き(かきおき)は、あらかじめ紙に書かれたものをいただき、自分で御朱印帳に貼る形である。
書き置きになる事情はさまざまだ。参拝者が多い時期、書き手が不在のとき、あるいはその寺社が書き置きのみで対応している場合もある。切り絵や箔を用いた凝ったものは、書き置きだからこそできる形でもある。
どちらも正式な御朱印である。その日その寺社がどちらで対応しているかは、行ってみないと分からないことも多い。
授与しているかどうかは、寺社によって違う。 すべての寺社が御朱印を授与しているわけではない。参拝者の増加を受けて、期間や方法を変えている寺社もある。出かける前に、その寺社の公式案内で授与の有無と受付場所を確かめておくと確実である。
御朱印帳は、寺社の授与所や文具店で手に入る。 寺社ごとに意匠の違う帳面を用意しているところも多い。最初の一冊をどこで手に入れたかも、あとから見れば記録の一部になる。