大人男子の趣味教養OTONA DANSHI NO SHUMI-KYOYO

TRAVEL連載「寺社の教養」第5回

仏像の見方——如来・菩薩・明王・天部——名前の違いは、役割の違い

寺や博物館で見かける仏像には、代表的な四つの種類がある。如来、菩薩、明王、天部。それぞれ役割が違い、その違いが姿にも表れやすい。ただし例外も多いので、手がかりとして見ていく。

公開 2026.07.20最終確認 2026.08.05
この連載の目次(全8・完結
  1. 01浅草寺の隣に、なぜ浅草神社があるのか
  2. 02八幡・稲荷・天神は、なぜ全国にあるのか
  3. 03京都の歩き方
  4. 04寺で何をしているのか——坐禅・念仏・密教の儀礼
  5. 05仏像の見方——如来・菩薩・明王・天部いまここ
  6. 06御朱印の読み方
  7. 07鎌倉と奈良を、半日ずつ歩く
  8. 08もう一度、浅草を歩く

博物館の仏教美術のコーナーや、寺の本堂。像の脇のラベルには「◯◯菩薩立像」「◯◯天立像」と書いてある。この「菩薩」や「天」は、像の作者でも様式でもない。その像が、何をする存在なのかを表す言葉である。

FOUR KINDS

四つの種類は、それぞれ何をする存在か

如来——悟りを開いた存在

如来(にょらい)は、悟りを開いた存在をいう。釈迦如来、阿弥陀如来、薬師如来などがこれにあたる。

姿は簡素に造られることが多い。飾りのない衣をまとい、頭は粒を並べたような髪型に表される。出家してすべての持ち物を手放した姿を写しているためだ、と説明される。

ただし例外がある。密教で中心に置かれる大日如来は、冠をかぶり装身具をつけた華やかな姿で造られる。如来だから簡素、とは言い切れない。

菩薩——人々を救うために働く存在

菩薩(ぼさつ)は、悟りへ向かいながら、人々を救うために働く存在をいう。観音菩薩、地蔵菩薩、弥勒菩薩などがこれにあたる。

冠や首飾り、腕輪をつけた姿で造られることが多い。ここでも例外がある地蔵菩薩——道端のお地蔵さんは、剃った頭に簡素な衣で、僧の姿をしている。菩薩だから着飾っている、ともやはり言い切れない。

明王——恐ろしい姿で、迷いを断つ

明王(みょうおう)は、主に密教に登場する。代表は不動明王で、怒った表情、背後の炎、手にした剣と縄が特徴とされる。

この恐ろしさは、脅すためのものではない。迷いや執着を断ち切るための厳しさとして説明される。不動明王は大日如来が姿を変えたものだ、とする考え方もある。

天部——仏教を守る存在

天部(てんぶ)は、もともと仏教の外にいた古代インドの神々などを、仏教の守護者として取り込んだものをいう。毘沙門天四天王は鎧をまとった武人の姿、弁財天は楽器を持つ姿で造られる。寺の門に立つ仁王も、この天部にあたる。

出自がさまざまなので、姿もさまざまである。四つのなかでいちばん見た目の幅が広い。

CLUES

姿は手がかりになるが、決め手にはならない

ここまで見たとおり、衣装・表情・持ち物には傾向がある。 簡素な衣で穏やかな表情なら如来、装身具をつけていれば菩薩、怒った表情に炎を背負っていれば明王、鎧や武器を持っていれば天部。まずはこの傾向で見当をつけられる。

ただし、大日如来のように装身具をつけた如来もあれば、地蔵菩薩のように僧の姿の菩薩もある。 造られた時代や地域によっても姿は変わる。傾向は手がかりであって、決め手ではない。

確実なのは、像の脇にあるラベルか、寺の拝観案内を読むことだ。そこには像の名前が書いてある。「◯◯如来」「◯◯菩薩」と読めれば、それがその像の役割である。

なお、日本でよく知られる大きな仏像——奈良の大仏と鎌倉の大仏は、どちらも如来にあたる。奈良の大仏は盧舎那仏(るしゃなぶつ)、鎌倉の大仏は阿弥陀如来で、同じ「大仏」という呼び名でも、別の仏である第7回で実際に見る)。

IN THE HALL

本堂では、どう並んでいるか

本堂に入ると、複数の像が一緒に安置されていることが多い。この並び方には、その寺の礼拝の形が表れている。

よくある形のひとつが三尊(さんぞん)——中央に一体、その左右に一体ずつ置く配置である。たとえば阿弥陀三尊では、中央に阿弥陀如来、その左右に観音菩薩と勢至菩薩が立つ。阿弥陀仏が人を迎えに来る場面(来迎)を表す姿に造られることもある。念仏を大切にする寺(第4回)でよく見かける組み合わせだ。

ただし、この並び方がどの寺にも当てはまるわけではない。祀る仏も、堂の使い方も、寺によって違う。守護の役を担う像を堂の四隅に置く寺もあれば、門に置く寺もある。普遍的な序列があるのではなく、その堂で何をどう拝むかによって配置が決まっている。

本堂に入ったら、中央に何がいて、その両脇に何がいるかだけ見てみる。それだけで、その堂が何を中心に据えているかが見えてくる。

像を見る場所

博物館では、像を近くから、全方向に近い角度で見られる。 寺の本堂では正面からしか拝めないことが多いが、博物館の展示では背面や側面まで回り込めることがある。同じ像でも、見える情報の量が変わる。

寺で像を見るときは、拝観の可否を先に確かめる。 本尊を公開していない寺、決まった期間だけ開帳する寺がある。第1回で見た浅草寺の観音像のように、原則として公開されない像もある。

撮影の可否は場所ごとに違う。 堂内は撮影禁止のところが多い。掲示に従うのが確実である。