この連載の目次(全8回・完結)
- 01競馬は、馬券を買わなくても面白い
- 02日本ダービーと有馬記念は、何が違うのか
- 03逃げる馬と、追いかける馬
- 04血統の話で、なぜ父の名前が出るのか
- 05一頭の馬を、何人が走らせているのか
- 06東京と中山では、レースの見え方が違う
- 07名前だけでも通じる名馬たちいまここ
- 08最終回——2023年ジャパンカップを、最初から最後まで見る
四頭を見る。走った時代は1980年代から2020年代まで四十年近く離れていて、勝ったレースも負けたレースも重ならない。共通しているのは、記録の形がどこかひとつ、極端だということだけである。
オグリキャップ——地方から来て、最後のレースを勝った
オグリキャップ。1985年生まれのオスの馬で、父も母も芦毛(あしげ)——年を取るほど白く見えていく毛色だった。

オグリキャップ1994年8月、北海道の優駿スタリオンステーション。引退して子を残す役目に就いたあと
Photo: Hahifuheho / Wikimedia Commons / CC0 1.0(WebP変換と縮小のみ、トリミングなし。現役時代ではなく引退後の写真。)
日本の競馬には、JRAが開催する中央競馬と、各地の自治体が開催する地方競馬がある。オグリキャップの出発点は中央ではなかった。岐阜の笠松でデビューし、地方で12戦10勝。そのあと中央へ移り、20戦12勝。合わせて32戦22勝という記録が残っている。
中央での最上位の格付けであるGⅠの勝ちは四つ。1988年の有馬記念、1989年のマイルチャンピオンシップ、1990年の安田記念、そして1990年の有馬記念である。
四つめが、最後のレースだった。 1990年12月23日の有馬記念に勝って、オグリキャップは引退している(第2回)。
JRAの表彰記録には、1988年度の最優秀3歳牡馬(3歳のオスでその年いちばんの馬)、1989年度の特別賞、1990年度の年度代表馬(その年いちばんの馬)が並んでいる。中央に移ってからの三年、毎年なんらかの形で名前が挙がっていたことになる。
写真は、引退して子を残す役目に就いたあとのものだ。第4回で触れたとおり、オグリキャップの子からGⅠの勝ち馬は出ていない。 32戦22勝という記録は、次の世代へは渡らなかった。
ディープインパクト——三つの大レースを、負けずに勝った
ディープインパクトの名前は第4回に出てきた。ブラックタイドと同じ父と母から、一年あとに生まれた弟である。

ディープインパクト2009年8月13日、北海道の社台スタリオンステーション
Photo: Goki / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0(WebP変換と縮小のみ、トリミングなし。)
第4回では戦績の幅にしか触れていない。中身はこうなっている。3歳だった2005年、3歳の馬が挑む三つの大レース——皐月賞、日本ダービー、菊花賞をすべて勝った。この三つを勝つことを「三冠」といい、ディープインパクトはそこまで一度も負けずに獲っている。 国内で唯一負けたのは、その年の暮れの有馬記念の2着だった。
乗る人も変わらなかった。14戦すべてに騎手の武豊が乗っている。 第5回で見たキタサンブラックが3歳で北村宏司、4歳から武豊と替わったのとは対照的である。
そして、ディープインパクトの名前がいちばん頻繁に出てくるのは、引退したあとである。その子に、2013年のジャパンカップを勝ったジェンティルドンナ、2019年の桜花賞を勝ったグランアレグリア、2018年の菊花賞を勝ったフィエールマンがいる。第1回で触れた2020年のジャパンカップで2着だったコントレイルも、ディープインパクトの子だ。コントレイルも一度も負けずに三冠を獲っており、父と子が同じことをしている。
海外に渡った子もいる。Auguste Rodinは2023年の英ダービーを、Snowfallは2021年の英オークスを勝った。走ったのは日本だが、名前が残ったのは日本だけではない。
アーモンドアイ——大レースを九つ勝ち、最初のレースでは負けた
アーモンドアイは2015年生まれのメスの馬。父はロードカナロア、母はフサイチパンドラ。国内14戦10勝、海外1戦1勝。通算15戦11勝である。
そのうち最上位の格付けであるGⅠが九つある。2018年の桜花賞・オークス・秋華賞——3歳のメスの馬が挑む三つの大レースをすべて勝ち、同じ年のジャパンカップも勝った。翌年はドバイターフと天皇賞(秋)。2020年はヴィクトリアマイル、天皇賞(秋)、そしてジャパンカップ。第1回で触れた2020年のジャパンカップで勝ったのが、アーモンドアイである。

アーモンドアイ2019年10月27日、東京競馬場の天皇賞(秋)。ゴール前
Photo: フランケル / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0(WebP変換と縮小のみ、トリミングなし。)
写真はその2019年の天皇賞(秋)。第6回で見た東京の芝2,000メートルを、1分56秒2で走っている。第3回で扱った2022年の同レースの勝ちタイムが1分57秒5だから、それより1秒以上速い。
ただし、アーモンドアイの記録には負けも残っている。最初のレースは2着だった。 2017年8月、新潟でのデビュー戦。事前の人気でいちばん上に推されながら、勝てていない。2019年の有馬記念でも、同じくいちばん上の人気で9着。16頭のうち9着だから、大きく負けたということだ。
九つのGⅠと、デビュー戦の2着と、有馬記念の9着が、同じ一頭の記録に並んでいる。
イクイノックス——十戦で辞めた
イクイノックスは2019年生まれ。父はキタサンブラック、その父はブラックタイドである(第4回)。
イクイノックスの記録で目立つのは、走った回数の少なさだ。国内9戦、海外1戦。生涯で10回しか走っていない。 そのうち8勝、最上位の格付けであるGⅠは六つ。2022年の天皇賞(秋)と有馬記念、2023年のドバイシーマクラシック、宝塚記念、天皇賞(秋)、ジャパンカップである。
負けたのは、二回だけ。2022年の皐月賞と日本ダービーで、どちらも2着だった。 そして、この二戦にはもうひとつ共通点がある。18頭のうち18番——いちばん外側の枠から出ている。日本ダービーで前にいたのは、第1回で見たドウデュース。差は「クビ」、馬の首ほどだった。

イクイノックス2023年11月26日、東京競馬場のジャパンカップ。ゴール後。奥の時計に勝ちタイムの2分21秒8が出ている
Photo: Hatomizinko3 / Wikimedia Commons / CC BY 4.0(WebP変換と縮小のみ、トリミングなし。ゴールの瞬間ではなく、走り抜けたあと。)
10戦目が、この写真の2023年ジャパンカップだった。ここで引退し、いまは北海道安平町の社台スタリオンステーションで子を残す役目に就いている。2026年に一度の交配を頼むための料金は、受胎確認後2,500万円と公表されている。
十戦のうち二回しか負けず、その二回は同じ年の春に、同じいちばん外側の枠から起きた。そして、走った十回のうち八回がGⅠである。
次の一歩
最後の一頭が引退した一戦は、この連載でもう何度か名前が出ている。2023年11月26日、東京競馬場、18頭、2,400メートル。次は、そのレースをゲートが開く前から順に見る。