大人男子の趣味教養OTONA DANSHI NO SHUMI-KYOYO

HORSE-RACING連載「競馬の教養」第8回

最終回——2023年ジャパンカップを、最初から最後まで見る——この日が、あの馬の最後のレースだった

その年に3歳のメスの三大レースをすべて勝った馬と、二年続けてその年いちばんの馬に選ばれた4歳馬が、同じレースに出た。一頭が大きく先頭に立ち、東京の長い直線で順位が動き、勝ったイクイノックスはそのまま引退した。2023年11月26日の東京競馬場。

公開 2026.07.25最終確認 2026.08.14
この連載の目次(全8・完結
  1. 01競馬は、馬券を買わなくても面白い
  2. 02日本ダービーと有馬記念は、何が違うのか
  3. 03逃げる馬と、追いかける馬
  4. 04血統の話で、なぜ父の名前が出るのか
  5. 05一頭の馬を、何人が走らせているのか
  6. 06東京と中山では、レースの見え方が違う
  7. 07名前だけでも通じる名馬たち
  8. 08最終回——2023年ジャパンカップを、最初から最後まで見るいまここ

2023年11月26日、東京競馬場。第43回ジャパンカップ、芝2,400メートル、18頭立て。天候は曇、芝は良。発走時刻は15時40分だった。

この日は、二頭の名前が並んで語られていた。その年、3歳のメスの馬が挑む三つの大レースをすべて勝ったリバティアイランドと、二年続けてその年いちばんの馬に選ばれた4歳のイクイノックスである。

CHAPTER — BEFORE

出走前に、何が期待されていたか

ジャパンカップ当日、発走前の下見所を歩くイクイノックス。ゼッケンに2番とEQUINOXの文字があり、柵の外を大勢の観客が取り囲んでカメラを向けている

発走前の下見所2023年11月26日、東京競馬場。12レース、ゼッケン2番のイクイノックス

Photo: nakashi / Wikimedia Commons / CC BY-SA 2.0WebP変換と縮小のみ、トリミングなし。柵の外に観客が写り込んでいる公開イベントの写真。

レースの前、出走する馬は「パドック」と呼ばれる下見所を歩いて観客に見せる。写真がその場面である。柵の外に人が幾重にも並んで、一頭にカメラを向けている。この日のイクイノックスは、そういう扱いを受ける馬だった。

JRAの公式回顧は、この日の出走馬をこう並べている。その年に三つの大レースを勝ったリバティアイランド、前年に二つ勝ったスターズオンアース、復権を目指すドウデュースとタイトルホルダー、連覇のかかるヴェラアズール、速さで知られたパンサラッサ、大レース初制覇に挑むダノンベルーガとディープボンド、フランスから参戦のイレジン。

馬は背に決められた重さを乗せて走る。この重さも一律ではない。4歳のオスであるイクイノックスは58キロ、3歳のメスであるリバティアイランドは54キロ。年齢と性別で決まる条件で、この4キロ差はあらかじめ決まっていた。

そして、第3回で見たパンサラッサの名前も、この日の出走表にある。

CHAPTER — THE FIELD STRETCHES

隊列が、前後に長く伸びた

ゲートが開くと、パンサラッサが先頭に立った。前の年の天皇賞(秋)とほとんど同じ速さで飛ばし、2番目のタイトルホルダー以下を引き離していく。

競馬場の大型ビジョンには、レース中の隊列が番号で表示される。先頭のパンサラッサと最後尾のあいだが、そこで見て分かるほど開いていく。一頭が飛ばすと、後ろは前後に長く伸びる。

そのなかで、イクイノックスは3番目にいた。乗っていたルメール騎手は、いいスタートを決められてイメージ通りの位置につけた、これで勝つ自信を持てた、と話している。前の年の天皇賞(秋)では、イクイノックスは15頭のうち10番目を走っていた。同じ馬が、まったく違う位置を取っている。

背後にはリバティアイランドとスターズオンアースがいて、どちらも4番目。イクイノックスはこの二頭に見張られる形になった、とJRAの回顧は書いている。

CHAPTER — THE STRAIGHT

東京の直線で、何が起きたか

直線に入る。第6回で見たとおり、525.9メートルある。

ルメール騎手は、すぐに反応してくれた、凄い瞬発力だった、と話している。イクイノックスはまずタイトルホルダーを交わし、次に大きく離れていたパンサラッサを捉えた。そして残り200メートルの手前で、もう先頭に立っていた。

東京競馬場の直線で、ゼッケン2番のイクイノックスがゼッケン8番のパンサラッサに並びかけている

パンサラッサを捉えたところ2023年11月26日15時44分、東京競馬場の直線。8番がパンサラッサ、2番がイクイノックス

Photo: nakashi / Wikimedia Commons / CC BY-SA 2.0WebP変換と縮小のみ、トリミングなし。

ここから、後ろの三頭が追った。リバティアイランドとスターズオンアースが懸命に追いすがり、外からドウデュースも伸びてくる。だが、とJRAの回顧は書く。距離は一向に詰まらない。

前の年、この同じ直線では、およそ馬10頭ぶん以上あった差が最後に1頭ぶんまで縮み、イクイノックスがパンサラッサを追い越した。第3回で見たレースである。この日は逆で、直線に入ってからの差が動かなかった。同じ長さの直線で、正反対のことが起きている。

1着はイクイノックス、タイムは2分21秒8。2着のリバティアイランドとの差は4馬身——およそ馬4頭ぶんだった。

CHAPTER — THE LAST RACE

この日が、最後だった

レースが終わったあと、ルメール騎手は言葉がないと言って涙を流した、とJRAは伝えている。

イクイノックスにとって、これが最後のレースだった。 4歳の秋、まだ走れる年齢で引退が決まっている。生涯で走ったのは10回だけで、そのうち8勝。負けたのは3歳の春の二戦だけだった。

だから、イクイノックスについて残ったのは記録よりも見方のほうである。同じ年、世界のレースを比べる国際的な格付けで、このジャパンカップが1位に選ばれた。日本の競馬でイクイノックスより強い馬をまだ見ていない、という言い方が、そのあと何年も残った。いちばん強いという評価は、比べる機会がないまま固定されたということでもある。

もっとも、そういう評価は一年で動く。2025年のジャパンカップは、フランスから来た馬がコースレコードで勝った。外国馬の勝利は20年ぶりだった。

次の一歩

一頭が先頭を守れるかどうか。後ろの一頭がいつ動くか。直線で差が縮まるか、縮まらないか。この三つを見ていると、二分ほどで終わる映像が、あとから言葉になる。

次にどれかのレースを見るとき、引っかかる場所がひとつでもあれば、それでいい。

SERIES COMPLETE — 連載完結連載「競馬の教養」全8回・完結。どの回からでも読み返せます。