大人男子の趣味教養OTONA DANSHI NO SHUMI-KYOYO

HORSE-RACING連載「競馬の教養」第3回

逃げる馬と、追いかける馬——先頭のまま勝てるか、後ろの馬が追いつくか

2022年10月30日の天皇賞(秋)では、パンサラッサが大きく先頭に立ち、イクイノックスは後ろの集団から追った。ゴール直前、イクイノックスがパンサラッサを追い越して1着になった。パンサラッサは2着だった。先頭のまま勝てるか、後ろの馬が追いつくかが、最後まで分からないレースだった。

公開 2026.07.25最終確認 2026.08.14
この連載の目次(全8・完結
  1. 01競馬は、馬券を買わなくても面白い
  2. 02日本ダービーと有馬記念は、何が違うのか
  3. 03逃げる馬と、追いかける馬いまここ
  4. 04血統の話で、なぜ父の名前が出るのか
  5. 05一頭の馬を、何人が走らせているのか
  6. 06東京と中山では、レースの見え方が違う
  7. 07名前だけでも通じる名馬たち
  8. 08最終回——2023年ジャパンカップを、最初から最後まで見る

2022年10月30日、東京競馬場。第166回天皇賞(秋)、芝2,000メートル、15頭が出走した。この日のレースは、先頭の一頭と後ろの集団が、中継の同じ画面に収まらなかった。

先頭に立ったのはパンサラッサという5歳のオスの馬で、勝つと思われていた馬ではない。事前の人気では15頭中7番目だった。

CHAPTER — THE GAP

一頭だけが、ずっと前にいた

普通、先頭の馬は数馬身——馬の体の長さを目安にすると、およそ数頭ぶんのリードで走る。この日は違った。

東京競馬場のゴール前。右手にただ一頭だけ先頭の馬がいて、左手に十数頭の集団がかたまって走っている

残り300メートルの隊列2022年10月30日、東京競馬場の天皇賞(秋)。右がパンサラッサ、左が追う集団

Photo: Chabata k / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0WebP変換と縮小のみ、トリミングなし。

写真は、ゴールまで残り300メートルの地点である。右端に一頭、左に十数頭。あいだに芝の緑がまるごと入っている。

最初から先頭に立って走ることを、競馬では「逃げる」という。JRAが記録した三つのコーナー通過地点で、パンサラッサはすべて先頭だった。ほかの馬に並びかけられず、自分のリズムで先頭を走り続けた。ただし、最後まで逃げ切ったわけではない。ゴール直前にイクイノックスに追い越され、結果は2着だった。

CHAPTER — THE CHASE

後ろの集団が、いつ動き出すか

離れて逃げる馬がいるとき、見どころは先頭ではなく後ろに移る。

後ろの馬たちは、放っておけば届かない。かといって早く動けば、自分の最後の脚がなくなる。この日は、いつ追い始めるかがそのまま着順を分けた。

写真の左の集団のなかに、イクイノックスがいた。3歳で、事前の人気では15頭中いちばん上。JRAの記録では、三つの通過地点で10番目、10番目、9番目を走っている。15頭のうち10番目だから、先頭は見えていない。

後ろの集団を走っていたイクイノックスは、最後の直線で速度を上げ、ゴール直前にパンサラッサを追い越した。結果はイクイノックスが1着、パンサラッサが2着。差は1馬身、つまりおよそ馬一頭分だった。競馬では、このように後ろから前の馬を追い越して勝つことを「差し切る」という。

最初から先頭に立つ走り方を「逃げ」、後ろから追い越す走り方を「差し」と呼び分ける。ほかに、先頭のすぐ後ろにつける「先行」、いちばん後方から伸びる「追込」もある。ただし同じ馬がいつも同じ位置を取るわけではない。イクイノックス自身、翌年のジャパンカップでは3番目を走っている。

CHAPTER — TWO CLOCKS

前の馬と後ろの馬では、脚の使いどころが違う

同じレースを走っていても、二頭がしていたことは正反対だった。

パンサラッサは最初から飛ばし、後半に残す力を持っていない。イクイノックスは前半を抑え、最後だけを速く走る。最後の600メートルにかかった時間は、パンサラッサが36秒8、イクイノックスが32秒7——同じ区間で4秒以上ひらいている。先頭を走り続けた馬の終盤が遅くなるのは、たいていの場合、前半で力を使ったからである。

だから、先頭のまま押し切ったか、後ろから追い越されたかだけを見ても、そのレースで何が起きたかは半分しか分からない。JRAが公表しているレース結果には、着順やタイムと並んで、各馬が途中の地点で何番目だったかが載っている。それを見ると、勝った馬がどこにいて、どこから動いたのかが分かる。

CHAPTER — TWO WAYS TO WATCH

同じ先頭でも、中身が違う

同じ先頭でも、楽に前へ出られた場合と、ほかの馬と競り合いながら前へ出た場合では、最後に残る力が変わる。2022年のパンサラッサは、直線まで大きく離していた。楽に行けた側である。それでも追い越された。

パンサラッサは翌2023年のジャパンカップでも、同じように大きく先頭へ出ている。このときも勝ったのはイクイノックスで、パンサラッサは12着だった。同じ役回りの馬が、二年続けて舞台を作ったことになる。

もっとも、先頭に立った馬がいつも追い越されるわけではない。天皇賞(春)では、同じ2022年にタイトルホルダーが先頭のまま押し切り、2着に7馬身——およそ馬7頭ぶんの差をつけて勝っている。

そして、見ている側の緊張は立つ位置で変わる。前の馬に残ってほしい人は、直線で差が縮まる速さを見る。後ろの馬に届いてほしい人は、その一頭が動き出す瞬間を見る。どちらの側にいるかで、同じ映像がまったく違うものになる。

次の一歩

このとき勝ったイクイノックスの父はキタサンブラックという馬で、キタサンブラックの父はブラックタイドという馬である。次は、なぜ父の名前がこうして話に出てくるのかを見る