この連載の目次(全8回・完結)
- 01服の話は、センスで勝負しなくていいいまここ
- 02セレクトショップとは何なのか無料会員
- 03ブランド名鑑・国産編読み放題
- 04ブランド名鑑・海外編読み放題
- 05名品の系譜——なぜ「定番」は定番になったのか読み放題
- 06セールで冒険、定価で定番読み放題
- 07古着とアーカイブの教養読み放題
- 08最終回——服の話に入る読み放題
店員に「お好みのブランドはありますか?」と聞かれて、固まったことがある人へ。あるいは、同僚の「その服どこの?」という会話に一度も参加できたことがない人へ。
服の話が怖いのは、あれが「センス」の勝負に見えるからだ。センスは生まれつきで、自分にはない——そう思っている。でも、おしゃれな人たちの会話をよく聞いてほしい。
「そのシャツ、どこの?」「これコモリ」「あー、いい生地してると思った」
彼らがやり取りしているのは、センスではなく固有名詞だ。映画好きが監督の名前で映画を見るように(映画の教養 第1回)、服好きは「作り手」の名前で服を見ている。服は作品で、ブランドは作家。無地のシャツ一枚にも作り手の思想があり、分かる人はそれを読んでいる——これが、服の世界で最初に知っておきたい見方だ。
つまりあなたに必要なのはセンスではない。補助線——つまり、見方だ。この連載では、作り手・値段・系統という3つの見方を順に渡していく。読み終える頃、店員の質問はもう怖くない。
服の世界の全体図——まず「系統」を知る
最初の見方は「系統」だ。メンズの服は、ざっくり5つの系統(言語圏)に分かれている。相手の服がどの言語で書かれているかが分かると、会話の入口が見える。
モードは、デザイナーの思想を着る言語——ヨウジヤマモトやコム デ ギャルソンのように、服が表現になる世界だ。ストリートはスニーカーと熱狂の言語で、発売日が祭りになる。ドレス/スーツは仕事の言語。アメカジ・ヴィンテージはデニムと歴史の言語で、色落ちしたリーバイスが宝物になる。そして中央のきれいめカジュアル——冒頭のコモリや次の節のオーラリーが住む、大人の日常着の言語。この連載の主戦場だ。
大事なのは、系統が違えば「いい服」の基準も違うということ。「あの人の服、よく分からない」の正体はたいてい、自分と違う言語圏の服を自分の基準で読もうとしたことにある。
- モードヨウジ、ギャルソンの世界
- ストリートスニーカーと熱狂
- ドレス/スーツ仕事の言語
- きれいめカジュアルコモリ、オーラリーの世界
- アメカジデニムと歴史
- 縦軸: 先鋭・表現 ⇄ 定番・普遍/横軸: きれいめ ⇄ カジュアル
どの系統が上等ということはない。境界は連続的で、系統をまたいで着る人も多い——配置は編集部による目安。この連載は中央から歩き始める。
値段の翻訳——5千円のシャツと5万円のシャツは何が違うのか
二つ目の見方は「値段」だ。「服に何万円も出す人の気が知れない」——その感覚は健全だが、内訳を知ると値札の読み方が変わる。
服の値段は、主に4つに払われている。素材(同じ「コットン」でも糸の質と織り方で別物になる)、パターン(型紙。着たときのシルエットはここで決まる)、縫製(どこで、どれだけ手をかけて縫うか)、そして企画の思想(何を作らないかの判断)。高い服の多くは、ロゴ代ではなくこの見えない部分に金がかかっている。
たとえばオーラリー(AURALEE)という東京のブランドがある。一見、ただの無地のシャツやニットだ。柄もロゴもない。しかし素材の開発から始めて、「何もない」を最高級に作る——袖を通すと佇まいが違う、としか言いようのない服で、世界的に評価されている。つまり服好きは「余白」に金を払っている。装飾の足し算ではなく、引き算の凄みを見ている。この一例だけで、「高いのにシンプルな服」の謎は解けるはずだ。
念のため言えば、高い服が偉いという話ではない。ユニクロは「あの品質をあの価格で世界に供給する」という別種の偉業であり、服好きほどユニクロを賢く使っている。値段の理由が読めること——それが教養であって、金額自体はただの数字だ。
会話での使い方——褒めてから、聞く
服の会話で、いちばん頼れる型はこれだ。
「そのジャケット、いいですね。どこのですか?」
褒めてから、出どころを聞く。服に気を使う人にとって、着ているものに気づいてもらえることは小さくない喜びで、この一言は敬意の表明として機能する。ブランド名が返ってきたら、知らなくていい。「知らなかったです、どういうブランドなんですか?」——いつもの型(教えてもらう側に回る)で、相手はそのブランドの物語を語ってくれる。
もう一つ、「服って、どこで買ってるんですか?」も強い。店の話は好みの話より答えやすく、連載第2回でやるセレクトショップの話題に直結する。
うまく転がらない日もある。「これ? ユニクロだけど」と返ってきたら、むしろ好機だ——「最近のユニクロ、あなどれないですよね」。前の節の通り、ユニクロは服好きも認める偉業で、ここから服の話は普通に続く。相手がブランドを覚えていなさそうなら、深追いせず「いい色ですね」で終えていい。褒め自体は、もう届いている。
値段を聞かない。「高っ」と言わない。 服の金額の詮索は、この世界で最も無粋な行為だ。気になったときに聞くのは値段ではなく出どころ——「どこのですか?」と聞き換えれば、相手は気持ちよく答えられる。値段の話をしていいのは、相手が自分から始めたときだけ。
どこのですか?」
いまは夏のセールの真っ只中。ひとつだけ覚えて帰ってほしいのは、「セールで冒険、定価で定番」という買い方の原則だ。定番の名品はセールに残らない(残る理由がない)ので、セールは「気になっていた系統を試す冒険枠」に使う。逆に長く着る定番は、サイズの揃う立ち上がり(秋冬物は8月末〜9月に店頭に並び始める)に定価で買うのが結局いちばん安い。この一言が言えるだけで、セール会場での目つきが変わる。
次の一歩
今週、一度だけ試してほしい。誰かの服をひとつ、具体的に褒めて、出どころを聞く。「その靴いいですね、どこのですか?」。返ってきたブランド名は、知らなくていい。その名前があなたの服の教養の最初の一行になり、次回——「じゃあ自分はどこで買えばいいのか」に答える回に続く。
「それいいですね、どこのですか?」を一回だけ使う。返ってきたブランド名をひとつ覚えて帰る。検索するのは、したくなったときでいい。