この連載の目次(全8回・完結)
同じ「海外」でも、財布に対する重さは行き先で大きく変わる。それを決めているのは為替レートだけではない。現地の物価と掛け算になる。
通貨が円に対して安くても、その国の物価が高ければ、支払う金額は膨らむ。逆に通貨がそれほど安くなくても、現地の物価が低ければ、為替の影響はかなり吸収される。
だから「円安だから海外は高い」という言い方は、行き先を一つにまとめてしまっている。物価の水準は国によって大きく違い、為替と物価の組み合わせは行き先ごとに別々に効く。
ビッグマック指数——1986年に、半分冗談で始まった
ビッグマック指数は、1986年9月にイギリスの経済誌『エコノミスト』が始めた指標だ。同誌の記者パム・ウッドールが考案した。
考え方は単純で、世界中のマクドナルドで売られている同じ商品の価格を各国で比べる、というものである。
背景にあるのは購買力平価という経済学の考え方だ。同じ商品は、どの国で買っても同じ価値であるはずだから、為替レートは各国の価格差を打ち消す水準に落ち着く、という仮定である。実際の為替レートがその水準からどれだけ離れているかを見れば、その通貨が割安か割高かの見当がつく。
エコノミスト誌はこれを、経済理論を分かりやすく示すための軽い企画として始めた。ところが分かりやすさから広く引用されるようになり、いまも毎年更新されている。
この指標が測っていないもの
ビッグマック指数には、はっきりした限界がある。
ひとつは、貿易されないものの価格が混ざっていること。ハンバーガー1個の値段には、店舗の家賃や店員の人件費が含まれる。これらは国をまたいで取引されないので、通貨の価値とは別の要因で決まる。人件費の安い国ではバーガーも安くなるが、それは通貨が割安だからとは限らない。エコノミスト誌自身が、この点を補正した一人あたりGDP調整版を併せて公表している。
もうひとつは、対象国の偏りだ。マクドナルドが出店していない国は指数に載らない。アフリカ大陸の多くの国が含まれていない。
そして、商品が一つしかないこと。消費者物価指数のように多数の品目を集めた指標と違い、単一商品の価格だけを見ている。
この指標が答えられないこと
ここまでの話は、通貨の割安・割高を見るための道具についてのものだ。旅費の話とは、そのままつながらない。
旅費の内訳は、食事だけではない。宿泊、都市内の移動、入場料、そして日本からの航空券が加わる。これらはハンバーガー1個の価格とは別々に動く。
航空券の価格は、距離だけで決まらない。同じ路線でも、需要の多い時期と少ない時期で違う。競合する航空会社が何社あるかでも違う。直行便か乗り継ぎかでも違う。空港使用料や各国の税、燃油に連動する追加料金も乗る。路線そのものを開設するかどうかは航空会社の判断で、便数が変われば運賃も動く。
宿泊費も同様で、都市によっては観光需要で宿だけが突出して高いことがある。逆に、公共交通が発達した都市では市内の移動費が小さく収まる。
だから、ビッグマック指数で通貨が割安に見える国が、旅の総額でも安くなるとは限らない。この指標が示しているのは、通貨の水準についての見当までである。旅費の合計はそこには入っていない。
より広い比較をしたいなら、OECDが公表している購買力平価のデータがある。こちらは多数の品目を集計したもので、国ごとの物価水準を比べる用途に作られている。ただしこれも、旅行者が実際に払う金額の一覧ではない。
最終回へ
ここまで見てきたものを組み合わせると、旅の形が決まってくる。最終回へ続く。