この連載の目次(全8回・完結)
- 01プロ野球12球団は、なぜこんなに雰囲気が違うのか
- 02一試合の空気は、どこで変わるのか
- 03メジャーで活躍する日本人選手——誰が、どのチームにいる?
- 04プロ野球の一年は、いついちばん熱くなるのか
- 05球場は、座る場所と応援で別の場所になる
- 06甲子園の名前は、ドラフトのあとどう続くのか
- 07打率、本塁打、防御率——中継の数字はどこまで見ればいい?
- 08最終回——WBC決勝、大谷翔平とトラウトの最後の打席いまここ
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は、各国・地域の代表が戦う野球の国際大会である。2023年の決勝は、3月21日にアメリカ・マイアミのローンデポ・パークで行われた。日本対アメリカ。 日本が1点リードで迎えた9回のマウンドに立ったのが大谷翔平で、その最後の打席に入ったのがマイク・トラウトだった。二人は当時、MLBのロサンゼルス・エンゼルスに所属する同僚である。

2023年WBC 準々決勝で投げる大谷翔平2023年3月16日・東京ドーム。日本対イタリア。決勝の写真ではない
マウンド上が大谷。この5日後、マイアミの決勝でも9回にマウンドへ立つことになる。
Photo: Scinsvche / Wikimedia Commons / CC0(リサイズ)
9回を迎えた時点で、何が起きていたか
決勝までの経過を先に置く。
日本はグループリーグを4戦全勝で通過し、準々決勝でイタリア、準決勝でメキシコを破って決勝に進んだ。アメリカは前回2017年の優勝国で、準々決勝でベネズエラ、準決勝でキューバを破っている。
決勝の先発は、日本が今永昇太、アメリカがメリル・ケリーだった。
2回表、アメリカのトレイ・ターナーが今永からソロ本塁打を打ち、アメリカが1点を先に取る。2回裏、村上宗隆(第7回)がケリーからソロ本塁打を打って同点。この回、日本はさらに岡本和真と源田壮亮の安打、中村悠平の四球で満塁とし、投手が交代したあとラーズ・ヌートバーの内野ゴロで1点を勝ち越した。
4回裏、岡本和真がソロ本塁打を打ち、日本が3対1とする。この点が、結果的に日本の最後の得点になった。
そのあと両チームとも点が入らず、8回表にアメリカのカイル・シュワーバーがダルビッシュ有からソロ本塁打を打って1点差になる。
3対2。 残るはアメリカの9回の攻撃だけである。
打者として出ていた大谷が、9回のマウンドへ
ここで日本が投手に立てたのが大谷翔平だった。
大谷はこの試合に指名打者として先発し、9回には投手としてマウンドへ上がった。
1点差の9回は、抑えにとって一球で試合が動く場面である。同点にされれば勝ちが消え、逆転されれば負ける。
そしてアメリカの打順は、この回に主力が回ってくる並びだった。
最後の打者は、同じ球団の同僚だった
2アウトまで進んだところで、打席に入ったのがマイク・トラウトである。
トラウトは当時、MLBで最も評価の高い打者の一人だった。アメリカン・リーグのMVPを3度受け、オールスターに何度も選ばれている。この大会ではアメリカ代表のキャプテンを務めていた。2022年7月に早い段階で出場を表明したことが、ほかの主力選手を集めるうえで効いた、とアメリカ側の担当者が語っている。
そして大谷とトラウトは、当時ロサンゼルス・エンゼルスの同僚だった。 ふだんは同じベンチに座り、同じ相手と戦っている二人が、代表のユニフォームを着て投手と打者として向き合う。この組み合わせは、大会が始まる前から成立しうる場面として話題にはなっていたが、実際に決勝の最後のアウトで起きることを事前に決められる人はいない。

マイク・トラウト2023年5月・ロサンゼルス・エンゼルス。WBCの2か月後
2023年のアメリカ代表でキャプテンを務めた。この写真は代表戦のものではない。
Photo: Erik Drost / Wikimedia Commons / CC BY 2.0(リサイズ)
一球ごとに、選べるものが減っていく
打席では、ストライクとボールの数で状況が変わる。
ストライクが増えれば打者は追い込まれ、際どい球でも手を出さざるをえなくなる。ボールが増えれば投手のほうが追い込まれ、ストライクゾーンへ投げざるをえなくなる。ストライク2つ・ボール3つのフルカウントは、その両方が同時に起きている状態である。 打者は見逃せず、投手は外せない。
この打席では、大谷が2つのストライクをどちらも時速100マイル(約161キロ)前後の直球で取っている。真ん中に来た球で、トラウトは2度とも空振りした。
そしてフルカウントからの1球。大谷が投げたのは、直球ではなく時速87.2マイル(約140キロ)のスライダーだった。 直球を2球続けて空振りさせた相手に対し、20マイル以上遅い変化球を選んだことになる。
トラウトは空振りし、三振になった。
三振、そして優勝
その一球で試合が終わり、日本の優勝が決まった。3対2。 日本にとってWBCで3度目の優勝で、この大会は全勝だった。
大会の最優秀選手には大谷が選ばれている。打者として打率.435、投手として防御率1.86。打つ側と投げる側の両方の成績で選ばれた選手である。
この試合は、両国で多くの人が見た。アメリカでは平均520万人が視聴し、最後の15分は650万人まで伸びて、WBCの試合としてはアメリカで最も多い視聴者数になった。日本では約6200万人が視聴し、世帯の42.4%が見たと報じられている。試合開始は日本時間の午前8時である。 平日の朝の時間帯にこの数字が出たことが、この試合がどこまで届いたかを示している。

2023年WBCの優勝トロフィー2023年11月・野球殿堂博物館(東京)での展示
台座に大会名と「JAPAN」が刻まれている。奥のパネルは優勝時の写真。
Photo: Cranky5 / Wikimedia Commons / CC0(リサイズ)
一つの打席に、全部が入っていた
この場面が長く語られてきた理由は、結果の劇的さだけではない。
その一打席には、いくつもの層が同時に入っていた。
投手と打者という、野球でいちばん基本の一対一の関係がある(第2回)。1点差の9回という、点差と残りアウト数が作る条件がある(第4回)。投げる側と打つ側を一人で往復する選手がいる(第3回)。ふだんは同じ球団の同僚である二人が、別々の代表として向き合っている。球場は日本ではなくマイアミで、時差の関係で日本の視聴者は朝に見ている。
これらのどれか一つが欠けていても、同じ場面にはならなかった。
その後のWBCについても書いておく。2026年の大会で、日本は準々決勝でベネズエラに敗れた。 準決勝に届かなかったのは大会史上初めてで、優勝はそのベネズエラだった。大谷は指名打者としてのみ出場している。2023年の決勝は、繰り返されることを前提にできる場面ではなかった、ということでもある。
2026年のWBCは3月5日から17日まで行われ、ベネズエラが初優勝した。次回大会の日程は、この記事の確認時点では公表されていない。
※試合経過・記録・視聴者数は英語版Wikipedia「2023 World Baseball Classic championship」ほか(いずれも2026年8月17日確認)による。