大人男子の趣味教養OTONA DANSHI NO SHUMI-KYOYO

SPORTS連載「野球の教養」第2回

一試合の空気は、どこで変わるのか——先制点、投手交代、代打、最後のアウト

3回に巨人が2ランで先に2点、4回に阪神がソロで1点返し、6回にもう一本の2ランで逆転する。NPBの公式記録に残る一試合を、点の入った回と投手が代わった回からたどる。

公開 2026.07.05最終確認 2026.08.17
この連載の目次(全8・完結
  1. 01プロ野球12球団は、なぜこんなに雰囲気が違うのか
  2. 02一試合の空気は、どこで変わるのかいまここ
  3. 03メジャーで活躍する日本人選手——誰が、どのチームにいる?
  4. 04プロ野球の一年は、いついちばん熱くなるのか
  5. 05球場は、座る場所と応援で別の場所になる
  6. 06甲子園の名前は、ドラフトのあとどう続くのか
  7. 07打率、本塁打、防御率——中継の数字はどこまで見ればいい?
  8. 08最終回——WBC決勝、大谷翔平とトラウトの最後の打席

スコアの「3対2」は、点差しか教えてくれない。だが3時間17分のあいだ、球場の空気は何度も変わっている。2026年8月13日、東京ドーム。首位の阪神タイガースと、2位で追う読売ジャイアンツの直接対決を、日本のプロ野球を運営するNPB(日本野球機構)が公表している公式記録にそって追ってみる。入場者は4万2374人だった。

屋根のある球場の内部を外野の上段から見た様子。観客席がほぼ埋まり、グラウンドでは守備についた選手が散らばっている

東京ドームの内部2016年9月・東京都文京区。この記事で扱う試合とは別の日

外野の上段から見た東京ドーム。この球場で、8月13日の試合は行われた。

Photo: Chi-Hung Lin / Wikimedia Commons / CC BY-SA 2.0リサイズ

BEFORE FIRST PITCH

試合が始まる前に、決まっていること

試合開始の時点で、すでに決まっていることが二つある。

ひとつは先発——その日、最初にマウンドに立つ投手のことだ。両チームが一人ずつ立てる。この日は阪神が下村海翔、巨人が西舘勇陽だった。

もうひとつが打順。打つ順番を9つの枠で決めたもので、1番から9番まで回り、9番の次はまた1番に戻る。上位の打者は9回の試合でおよそ4〜5打席、下位は3〜4打席立つ。この差が、誰を何番に置くかを決める理由になる。

阪神の並びは、1番(中堅)近本光司、2番(二塁)中野拓夢、3番(右翼)森下翔太、4番(三塁)佐藤輝明、5番(一塁)大山悠輔——と続き、9番に先発投手の下村が入った。2026年のセ・リーグでは投手も打席に立つので、9番が先発投手になることが多い(第1回)。

序盤の空気は、この先発二人が作る。1回表、阪神は近本がファウルフライ、中野が三塁ゴロ、森下がデッドボールで出るが佐藤が三振。1回裏、巨人も三人で終わる。両方の先発が抑えているあいだ、点は動かない。 このとき球場は静かで、拍手はアウトのたびに短く起きるだけだ。試合の緊張は、まだどこにも寄っていない。

縦縞のユニフォームでバットを持つ打者。背番号8、黒いヘルメット。奥のスタンドは観客で埋まっている

阪神タイガースの佐藤輝明2024年3月・阪神甲子園球場。この記事で扱う試合とは別の日

8月13日の試合では4番・三塁で先発し、4回にこの試合の阪神の1点目となるソロ本塁打を打った。

Photo: とらとうはんしん / Wikimedia Commons / CC BY 4.0リサイズ

FIRST RUN

最初の点が入ると、球場の前提が変わる

動いたのは3回裏だった。

先頭の石塚裕惺がフォアボールで塁に出る。次の中山礼都が、左中間へ2ランホームラン。巨人が2点を先に取った。

先制点が入ると、その試合の前提が入れ替わる。それまでは「どちらが先に取るか」を見ていた球場が、以後は「阪神が追いつけるか」を見ることになる。同じ0アウトでも、意味が変わる。リードした側のベンチは、残りの回で何人の投手を使うかを考え始め、追う側は打順のどこから始まる回かを気にし始める。

阪神はすぐ4回表に返した。先頭の佐藤がライトへソロホームラン。2対1。 ここで阪神は、なお0アウトから大山がフォアボール、前川右京がライト前ヒットで1・2塁と続く。同点、あるいは逆転の場面である。しかし坂本誠志郎がキャッチャーゴロで併殺打——一つの打球で二つのアウトを取られること——になり、走者は二塁に一人だけ残った。続く元山飛優は敬遠のフォアボールで歩かされ、9番の下村が見逃し三振。1点を返しただけで、その回は終わる。

その裏、巨人も1アウト1・3塁まで攻めるが点にならなかった。両チームが得点圏に走者を置きながら決めきれない回が続くと、球場は静かになるのではなく、逆に一球ごとにざわつくようになる。

THE SWITCH

投手交代と代打で、ベンチの考えが見える

6回表。1アウトから前川がフォアボールで出て、坂本の打席になった。

坂本はレフトへ2ランホームランを打つ。 阪神が3対2と逆転した。

ここで巨人が動く。ホームランの直後に先発の西舘を降ろし、森田駿哉をマウンドへ送った。複数の投手を順番につないでいくことを継投という。 いまの野球では先発が最後まで投げ切ることはめったになく、1試合に3〜5人が投げるのが普通になっている。

つなぐ役の投手には呼び名がある。試合の中盤を引き受けるのが中継ぎ、最後の1イニングを任されるのが抑えだ。彼らは試合中、ブルペン——球場の一角にある投球練習場——で肩を作っておき、呼ばれてからマウンドに向かう。だから救援投手が投げ始めたのが見えると、その回に動きがあることが先に分かる。

阪神も、逆転した直後の6回裏から先発の下村を降ろした。94球を投げ、5回を2失点。この日の阪神は、先発の下村から、木下里都、岩崎優、工藤泰成へと4人の投手をつないだ。

7回裏には、もう一つの交代が出た。2アウト1塁で、巨人が投手の打順に代打の丸佳浩を送る。代打とは、打順の枠はそのままで、中に入る選手を入れ替えることだ。ただし一度退いた選手は、その試合に戻れない。だから終盤の交代は、それ以降の打席をすべて決めてしまう。この打席は空振り三振に終わった。

球場のグラウンドを上から見た様子。マウンドに5人の選手が集まって話し、二塁ベースには相手の走者と審判が立っている

マウンドに集まる守備側の選手2015年4月・東京ドーム。この記事で扱う試合とは別の日

投手交代の前後には、こうして内野手と捕手がマウンドに集まる。二塁には相手の走者が残っている。

Photo: IQRemix / Wikimedia Commons / CC BY-SA 2.0リサイズ

THE LAST OUT

1点差のまま、最後のアウトまで

3対2。この1点差が、残り3イニングの空気を決めた。

8回裏、阪神は岩崎に代えた。先頭の浦田俊輔がセンター前ヒットで出る。松本晴がバントで走者を二塁へ送り、1アウト二塁。続く泉口友汰がデッドボールで1・2塁。同点の走者が二塁、逆転の走者が一塁という、この試合でもっとも際どい場面になった。

ここでダルベックが三塁ゴロ。三塁手が二塁へ投げ、二塁手が一塁へ投げて、二つのアウトが同時に消えた。一つの打球で二つのアウトを取ることを併殺打という。 一球で場面が終わった。

9回裏、阪神は工藤に代えた。大城卓三がライトフライ、キャベッジが空振り三振。そして石塚が見逃し三振で、試合が終わった。工藤が投げたのは10球だけだった。

阪神の4人の投手は合わせて154球を投げ、12個の三振を取った。巨人は5人が投げている。スコアの「3対2」は、両チームで9人の投手をつないだ末に残った。得点を生んだのは、3回の2ラン、4回のソロ、6回の2ランという三本のホームランだけだった。

一年のうち、こういう試合がいつ増えるのか——季節が進むと一試合の重みがどう変わるのかは、第4回で扱う。

※試合の経過・記録はNPB公式のボックススコアと試合経過(2026年8月17日確認)による。