大人男子の趣味教養OTONA DANSHI NO SHUMI-KYOYO

DRINK連載「ビールの教養」第4回

日本のクラフトビールはどう広がった?——エチゴ、よなよな、COEDO、常陸野ネスト——新潟、長野、埼玉、茨城。醸造所のある場所と、造っているもの

新潟で最初期に免許を取ったエチゴビール、長野の醸造所からアメリカのエールを全国へ出したヤッホーブルーイング、川越の畑のサツマイモから始まったCOEDO、茨城の日本酒蔵が造る常陸野ネスト。4つの醸造所が、どこで何を造っているのかを見る。

公開 2026.07.20最終確認 2026.08.29
この連載の目次(全6・完結
  1. 01スーパードライ、一番搾り、黒ラベル、ヱビス——定番4本は何が違う?
  2. 02クラフトビールって何?——よなよな、銀河高原、SPRING VALLEY BREWERYの3本で知る
  3. 03同じ生ビールでも、店で味が変わる
  4. 04日本のクラフトビールはどう広がった?——エチゴ、よなよな、COEDO、常陸野ネストいまここ
  5. 05缶の「限定」「プレミアム」「発泡酒」は、何を意味する?
  6. 06世界の定番ビールは何が違う?——ラガー、スタウト、白ビールを飲み比べる

クラフトビールの缶には、聞いたことのない会社の名前が書かれていることがある。どこにある会社で、どんな場所で、何を造っているのか。新潟、長野、埼玉、茨城——日本のクラフトビールは、一つの地域から広がったわけでも、似た会社が並んでいるわけでもない。第2回で見た味の幅の裏側にある、4つの醸造所を見る。

常陸野ネストビールの瓶。フクロウのマークのラベルと、赤みがかったビールのグラス
常陸野ネストビールの「レッドライスエール(赤米)」。フクロウのラベルと、赤米由来の赤みがかった液色——日本酒蔵ならではの素材使いの一本Photo: Ryan Snyder / Wikimedia Commons / CC BY 2.0リサイズ
ECHIGO

エチゴビール——新潟の、最初期の醸造所

エチゴビールの醸造所は、新潟市の西の外れにある。近年はもう一つ、栃木・那須の工場も加わった。

日本で小規模な醸造所が造れるようになったのは、1994年の酒税法改正である。ビール製造免許に必要な年間の製造量が大きく引き下げられ、それまで大手にしか開かれていなかったビール造りに、小さな会社が入れるようになった。エチゴビールは、その年に最初期の免許を取った一社である。翌1995年には醸造所に併設したパブを開き、自分の店で自分のビールを出すところから始めた。

エチゴビールのピルスナー缶。金色の缶に赤い文字のエチゴビールのロゴとヤギの絵
エチゴビールのピルスナー缶(2016年撮影の缶デザイン)。「全国第一号地ビール」の文字とヤギの絵が入るPhoto: nesnad / Wikimedia Commons / CC BY 3.0リサイズ

売り場に並ぶのは金色や黒の缶で、缶の定番は6種。ピルスナー、スタウト、こしひかり越後ビール、フライングIPAなどが並ぶ。看板のピルスナーは麦芽だけで造り、チェコ・ザーツ産のアロマホップを使う。麦の甘い香りが先に立ち、苦味はしっかり残るが刺さらない。国産の大手ラガーのような鋭いキレはなく、舌の上でじっくり味わうタイプである。

地元の素材を使う一本もある。「こしひかり越後ビール」は、新潟産のコシヒカリを仕込みに使う。ただし同じ棚には、南ドイツの伝統的なレシピで造るヘフェヴァイツェンも並ぶ。地元の米と、海外の型。この造り手は両方を出している。

缶を見かけるのは、酒販店やスーパー、百貨店の酒売り場、それに道の駅や空港の土産物の棚である。

YO-HO

ヤッホーブルーイング——長野の醸造所が造る、アメリカのエール

よなよなエールの造り手、ヤッホーブルーイングの本社は軽井沢にあるが、醸造所は長野県の御代田町と佐久市にある。近年は大阪と、北海道の球場の中にも醸造所を持つ。1997年の創業から、この会社が造ってきたのはエールである。

看板は第2回で開けたよなよなエール。ほかにインドの青鬼、水曜日のネコと、日本語の商品名が並ぶ。中身はいずれもエールで、それは創業時から変わっていない。

この会社には、地元の農産物を売りにした定番商品がない。よなよなエールは、アメリカのペールエールを本格的に造ることを目指した一本で、香りの出どころのカスケードもアメリカ生まれのホップである。長野の醸造所が、アメリカの型を造っている——地域の素材を使わないクラフトビールの、分かりやすい例だ。

全国のコンビニやスーパーの棚に、定番の缶と並んで置かれている。東京には、ブランド名を冠したビアレストランもある。

COEDO

COEDO——川越の畑から始まった

COEDOの醸造所は、埼玉県東松山市にある。ブランド名は、蔵造りの街並みから「小江戸」と呼ばれてきた川越の別名だ。

始まりはビールではなく、畑だった。母体の協同商事は、1970年代から川越で有機農業に取り組んできた会社である。転機になったのが、地元の特産・サツマイモ。規格外で大量に捨てられていた芋を何かに使えないか——その問いの答えが、ビールだった。生の芋ではなく、焼き芋にしてから仕込む。焼くことで糖がカラメル化し、香ばしさが生まれる。

定番は6種で、瑠璃、伽羅、毬花、漆黒、白、紅赤と、日本の伝統色の名前が付く。和のラベルが、売り場でひと目でCOEDOと分かる目印だ。看板の瑠璃はピルスナーで、ハーブと花のようなホップの香りに、雑味のないクリアな飲み口。苦味はすっと立って素早く消え、後にほとんど何も残さない。

畑から始まった一本が、いまの紅赤である。グラスに注ぐと赤みがかった琥珀色で、焼き芋のカラメルのような甘く香ばしい香りが立つ。ただし飲むと、甘い香りに反して口はべたつかず、締まった飲み口のまま7%の厚みが静かに効いてくる。川越産のサツマイモを使うのはこの紅赤で、ほかの定番には、ピルスナーやヴァイツェン、ブラックラガーといった海外で生まれたスタイルが並ぶ。

缶と瓶はスーパーや百貨店の酒売り場で見かける。川越には、醸造設備を併設したレストランと、樽から量り売りをする直営の店がある。

HITACHINO

常陸野ネスト——茨城の日本酒蔵が造る

木内酒造の入口。木の看板に菊盛の文字、酒樽と暖簾が見える
茨城県那珂市の木内酒造の入口。「菊盛」の看板と積まれた酒樽——この日本酒蔵の敷地の中で、常陸野ネストビールは造られ始めたPhoto: regvn / Wikimedia Commons / CC BY-SA 2.0リサイズ

写真の門構えは、ビール工場のものではない。茨城県那珂市の木内酒造——1823年から清酒「菊盛」を造ってきた日本酒蔵である。常陸野ネストビールは、この蔵が1996年に始めた。170年以上日本酒を造ってきたあとの参入で、ビール造りはこの蔵の中から始まった。いまの主な製造拠点は、同じ那珂市の額田醸造所である。菊盛の酒造りも続いている。

きっかけは、蔵の木内洋一がアメリカで出会った一本のビールだった。蔵は米国で醸造工学を学んだ醸造士を招き、日本酒造りの職人たちが試行錯誤しながらビールを完成させた。

ラベルにはフクロウのマークが入る。ブランド名の「ネスト」は巣のことで、蔵のある地名「鴻巣」から名づけられた。通年の商品はホワイトエール、ペールエール、アンバーエール、エスプレッソスタウト。看板のホワイトエールは、コリアンダー、オレンジピール、ナツメグを使うベルギースタイルの小麦ビールで、オレンジとスパイスの香りが先に立ち、小麦の柔らかい甘みがふわっと来てすっと引く。最後に柑橘の皮のほろ苦さと小さな酸味が残る、軽やかな一本だ。

日本酒蔵らしい素材の使い方も残っている。冒頭の写真のレッドライスエールは赤米を使い、だいだいエールには茨城県産の福来みかんが入る。額田の醸造所の脇では、自社でホップも育てている。それでも通年商品の主軸は、ベルギーやイギリス発祥のスタイルである。

缶や瓶は、酒販店や輸入食品を扱う店で見かけることが多い。東京には駅の構内や高架下に「常陸野ブルーイング」の名前の直営店がいくつもある。

ON THE SHELF

同じ棚の4本、別々の場所

同じ棚に並ぶ缶でも、造られている場所も、始まりも、造っているスタイルも違う。新潟の町はずれの工場、長野の醸造所、川越の農業の会社、茨城の日本酒蔵。地元の米や芋を使う商品もあれば、ペールエールやピルスナーなど、海外で生まれたスタイルをその土地で造る商品もある。「クラフトビール」は、地域の材料を使ったビールだけを指す言葉ではない。

こうした造り手の名前は、缶の裏の「製造者」の欄に小さく印刷されている。第2回で会ったSPRING VALLEY BREWERYのように、大手ビールメーカーがクラフトと銘打つブランドも、同じ欄に社名が入る。

次回

造り手の次は、毎日の売り場そのものへ。第5回では、缶に書かれた「限定」「プレミアム」「発泡酒」という言葉が、それぞれ何を指しているのかを見る。