この連載の目次(全7回・完結)
- 01腕時計は、時間を見るためだけの道具ではない
- 02有名ブランドは、どんな人が着けるのか
- 03ロレックスもセイコーも、一つの顔ではない
- 04四角い時計、ダイバーズ、クロノグラフ
- 05正確さ、手間、機械を持つ楽しさ
- 06高い時計は、正確だから高いわけではないいまここ
- 07最初の一本は、仕様表ではなく「どう見られたいか」から選ぶ
数千円のクォーツは、日常で合わせ直す必要がない。数百万円の機械式は、少しずつずれる。精度だけを見れば、安いほうが正確である。それでも値段には大きな差がある。その差が何でできているのかを、四つに分けて見る。
① ブランドの名前と、信頼
一つめは、ブランドが積み上げてきた信頼である。
長く作り続けていること。壊れにくいと知られていること。何十年も前の製品がいまも動いていること。こうした実績は一朝一夕には作れず、そのぶん値段に乗る。
名前の知られ方も、ここに含まれる。時計に関心のない人にも通る名前と、時計を知っている人にだけ通る名前がある。どちらが上ということではない。通じる相手の範囲が違う、というだけだ。
② 素材と仕上げ、製造にかかる手間
二つめは、作りにかかる手間である。
ケースや文字盤の面を平らに磨く。針の断面を削って角を立てる。金属の種類を変える。どれも時間と工程が増える方向の作業で、そのまま値段に反映される。
この差は、離れて見ても分かりにくい。腕から外して近くで見たとき、光の当たり方で気づく程度である。だから値段の説明としては使いにくく、店頭で実物を傾けて初めて見えてくる。

真横から見たケース
Photo: Wikimedia Commons — Grand Seiko SBGW231 sideview.JPG / CC BY-SA 4.0(正面からの写真では分からない面が、真横にすると見える。)
③ 複雑な機能と、少ない生産数
三つめは、時計そのものが持つ機能と、作られる本数である。
時刻を知らせる以外のことをする仕掛けがある。曜日と日付と月の表示、月の満ち欠け、経過時間を測る機構。部品が増えるほど、組み立ても調整も難しくなる。
作られる本数が少ない型も、値段が上がりやすい。手のかかる工程を含む型は、そもそも大量に作れない。

裏から見た機構
Photo: Wikimedia Commons — Grand Seiko Caliber 9S65 Automatic.JPG / CC BY-SA 4.0(外から見えない側にも仕上げが施されている。整備のたびに、ここが開けられる。)
④ 長く使うための体制
四つめは、買った後のことである。
機械式の時計は、定期的に分解して整備することを前提に作られている。そのためには、部品が供給され、直せる人がいて、受け付ける窓口が続いている必要がある。
この体制を維持するには費用がかかり、それも値段に含まれている。高い時計は、買った時点で支払いが終わらない。持ち続けるあいだ、整備の費用が発生する。ここを面倒と感じるなら、方式ごと選び直したほうがいい。
四つの配分は、ブランドによって違う
ここまで四つを挙げたが、どれが値段の中でいちばん大きいかは決まっていない。ブランドによって配分が違う。
名前の知られ方に重心があるブランドもあれば、仕上げに重心があるブランドもある。複雑な機能で値段が決まる型もあれば、作られる本数の少なさで決まる型もある。
だから「高い時計」を一つの塊として考えても、選び方は出てこない。自分が何に払うのかを決めるほうが早い。近くで見たときの作りなのか、名前の通りやすさなのか、機能なのか、長く直せることなのか。
高い時計を買う理由は、いくつかに分かれる
高い時計を選ぶ理由も、いくつかの型に分かれる。
分かりやすい高級感がほしい。名前が広く通っているブランドを選ぶ。知名度や長く続く信頼を手がかりに選ぶこともできる。
時計作りや歴史を楽しみたい。中の仕組みや、そのブランドが通ってきた経緯に関心がある。裏蓋が透明な型を選ぶ人もいる。
長く使える一本がほしい。買い替えを前提にせず、整備しながら持ち続ける。ここでは④の体制が効いてくる。
記念として買う。就職、結婚、独立。あるいは受け継ぐ。時計そのものより、いつ手に入れたかのほうが大きい。
このどれかが決まっていれば、値段の中身のどこを見ればいいかも決まる。次回は、そこから最初の一本を選ぶ。
次回
第7回は最終回。仕様表ではなく「どう見られたいか」から、候補を絞る。