この連載の目次(全6回・完結)
- 01『急に具合が悪くなる』『箱の中の羊』『黒牢城』ほか——名前だけでは分からない新作映画6本いまここ
- 02Netflixで話題の映画5本——あらすじと、面白いポイント
- 03宮崎駿、黒澤明、北野武、是枝裕和、濱口竜介、新海誠、山崎貴——それぞれの映画は、何が違う?
- 04スピルバーグ、キャメロン、タランティーノ、スコセッシ、ノーラン、ヴィルヌーヴ——作風はどう違う?
- 05IMAXとは何か——通常上映、IMAX、Dolby Cinemaは何が違う?
- 06アカデミー賞と三大映画祭——何が違い、誰が選んでいる?
介護施設で二人の女性が出会い、亡くした息子と同じ姿のヒューマノイドが家へ届き、籠城中の城では殺人が起きる——『急に具合が悪くなる』『箱の中の羊』『黒牢城』。題名だけでは中身の見当がつかない、いま劇場に並ぶ6本である。
『急に具合が悪くなる』——介護施設で、二人が知り合っていく
あらすじ
理想の介護を続けたいのに、現場には人も理解も足りない。パリ郊外の介護施設「自由の庭」で施設長を務めるマリー=ルーは、入居者を一人の人間として支えようとするほど、職員との考え方の違いや人手不足に追い詰められていた。
そんな彼女が出会うのが、日本から来た舞台演出家の真理だ。がんの治療を受けながら舞台を作る真理の姿に、マリー=ルーは励まされる。「マリー=ルー」と「真理」。名前の響きが似ているという小さな偶然から始まった会話は、施設の仕事、演劇、真理の病へと入り込み、二人は互いに人には見せてこなかった部分まで話すようになる。
ところが、真理の身体に突然の変化が起きる。それまで時間をかけて交わしてきた言葉が、急に限りのあるものへ変わってしまう。仕事に追われるマリー=ルーと、病気を抱えながら舞台を作る真理。二人は残された時間のなかで、さらに深く相手の人生へ関わっていく。
面白さ
この作品では、会話そのものが出来事として積み重なっていく。介護の現場で何が起きているのか。病気になった身体を本人はどう感じているのか。重い話の途中で別の話題へ逸れ、ときには笑いも混じる。その遠回りまで含めて、知り合ったばかりの二人が近づいていく時間になっている。
題名の言葉が現実になったとき、それまでの会話も違って聞こえ始める。誰かの具合が急に悪くなれば、周囲の生活や仕事まで止まるわけではない。それでも、目の前の人に何ができるのか。介護施設の日常と真理の病を並べながら、その切実さを二人の言葉で追っていく作品だ。
原作情報
原作は、哲学者の宮野真生子と人類学者の磯野真穂が交わした20通の往復書簡『急に具合が悪くなる』(晶文社)。がんの転移を経験しながら生き抜く哲学者と、臨床現場の調査を積み重ねてきた人類学者が、死と生や、出会いと別れをめぐって応答し合った記録で、書簡は宮野が2019年7月に亡くなる直前まで続き、本はその2か月後に刊行された。原作の二人は演劇の人ではない。映画はこの書簡の応答を、フランス人の施設長と日本人の演出家が交わす会話へ置き換え、舞台をパリ郊外の介護施設に置いた。
『ドライブ・マイ・カー』で米アカデミー賞を受けた濱口竜介にとって初の海外ロケとなる3時間16分の長編で、台詞の大半はフランス語に日本語が混ざる。劇中で真理が演出している舞台は、俳優・清宮吾朗(長塚京三)の一人芝居である。マリー=ルーを演じたヴィルジニー・エフィラと、真理を演じた岡本多緒は、今年のカンヌ国際映画祭でそろって女優賞を受賞した——日本の俳優では初の受賞になる。この作品は、作品別の予習と濱口竜介の記事でも、それぞれ別の角度から扱っている。
『箱の中の羊』——亡くした息子の姿をした、ヒューマノイド
あらすじ
亡くなった息子と同じ顔、同じ声の子どもが家に来たとき、その子を「息子」と呼べるのか。
音々と健介の夫婦は、二年前に息子の翔を亡くしている。二人の家へ届けられたのは、その翔の姿を再現したヒューマノイドだった。音々は玄関へ駆け寄り、「おかえり」と迎える。ところが、翔から「パパだよね」と聞かれた健介は、「おじさんでええよ」としか答えられない。
音々はもう一度息子と暮らせることに救いを求め、健介は目の前にいる存在を亡くなった翔と同じようには受け入れられない。同じ子どもを失った夫婦でありながら、ヒューマノイドを迎える理由も、そこに期待するものも違っていた。
三人での生活が始まると、止まっていた家の時間は少しずつ動き始める。しかし、ある出来事をきっかけに、息子の死をめぐって二人が抱えてきた思いが表へ出てくる。その一方で、翔は夫婦の知らないところで、ほかのヒューマノイドたちとつながり始めていた。
面白さ
夫婦の食い違いは、ヒューマノイドが到着した場面だけで伝わってくる。妻は「おかえり」と迎え、夫は「パパ」と呼ばれることを避ける。悲しみの深さは同じでも、失った息子にもう一度会いたい人と、息子本人ではない存在を家族と呼べない人では、暮らしの一つひとつに別の意味が生まれる。
さらに、翔は夫婦の記憶を埋めるためだけの存在では終わらない。家の外にいるヒューマノイドとつながり始めたことで、夫婦が望む「息子」と、翔自身の動きのあいだにもずれが見えてくる。家族を失った夫婦の物語として始まりながら、やがて翔を誰のものとして考えるのかまで話が広がっていく。
制作の背景
音々を演じるのは綾瀬はるか、健介は千鳥の大悟で、これが映画初主演になる。監督・原案・脚本は是枝裕和(日本の監督の回)。『そして父になる』では、病院で取り違えが分かった夫婦が、血のつながらない子どもをどう迎えるかを扱った。『万引き家族』では、血縁のない六人で暮らす人々が家族と呼べるのかを描いた。そして今回は、亡くした息子と同じ姿のヒューマノイドが夫婦の家へ来る。『空気人形』(2009)は、空気人形が心を持つ映画だった。本作も今年のカンヌのコンペティション部門に選出されている。
題名の「箱の中の羊」は、サン=テグジュペリ『星の王子さま』の有名な場面から来ている。羊の絵を頼まれた語り手が、うまく描けずに箱の絵を描き、「君の欲しがっている羊はこの中にいる」と言う——姿の見えないものを、そこにいると信じる話である。この題名が、亡くした息子の姿をしたヒューマノイドの物語に付いている。
『黒牢城』——籠城中の城で殺人が起き、探偵は牢の中にいる
あらすじ
城の外には織田信長の大軍、城の中には正体の分からない殺人犯。荒木村重は、敵と味方を同時に疑わなければならない状況へ追い込まれる。
信長のやり方に反発して兵を挙げた村重は、有岡城に籠もって戦う道を選ぶ。城は織田軍に包囲され、援軍も望めない。家臣たちの不安を抑え、妻の千代保に支えられながら籠城を続けるなか、城内で一人の少年が殺される。
外から誰も入れない以上、犯人は城の中にいる。その後も不可解な事件が続き、家臣や身内までが疑われ始める。敵が攻め込む前に、疑心暗鬼によって城が内側から崩れかねない。
調べに行き詰まった村重は、事件の証言を記した調書を持って地下牢へ降りる。そこに幽閉されているのは、信長方の使者として城を訪れ、そのまま捕らえられた軍師・黒田官兵衛。城内で最も知恵の働く男でありながら、村重にとっては信用できない敵でもある。
村重は牢の外から事件を語り、現場を見ることのできない官兵衛は、その言葉だけを手がかりに謎を解いていく。ただし、官兵衛の答えが真実なのか、城を内側から揺さぶるための言葉なのかは分からない。村重は織田軍との戦いを続けながら、牢を挟んで敵の軍師と知恵比べをすることになる。
面白さ
探偵役の官兵衛は、牢から一歩も出られない。血痕も遺体も自分では見られず、村重が持ち込む調書と証言だけで事件を組み立てる。そのため村重は、答えを得るたびに「この男をどこまで信じるか」という新しい問題を抱えることになる。
城外では織田軍による包囲が続き、城内では家臣同士の疑いが膨らんでいく。事件を解くことは犯人を捕らえるためだけではなく、籠城を続けるためにも必要になる。武将同士が剣を交えるのではなく、城主と囚人が牢を挟み、言葉で相手の腹を探る。戦国時代の籠城戦と、逃げ場のない密室ミステリーが同じ場所で進んでいく面白さがある。
原作情報
原作は米澤穂信の同名小説。直木賞、山田風太郎賞、「このミステリーがすごい!」1位などを取り、史上初の「4大ミステリー賞制覇」と呼ばれた一冊である。小説も映画も、枠組みは史実に置いている。天正6年(1578年)秋に村重は実際に信長へ反旗をひるがえし、有岡城は包囲攻撃を受けた——この歴史上の籠城の内側へ、連続する怪事件という推理の題材を組み込んだのが、この物語である。舞台の有岡城は現在の兵庫県伊丹市にあった実在の城で、跡地には本丸跡の石垣などの遺構が残っている。石垣には石塔など仏教関連の石材が転用されていて、石集めを急いだ当時の様子がうかがえる。
村重を本木雅弘、官兵衛を菅田将暉が演じ、千代保に吉高由里子。監督・脚本は黒沢清。代表作『CURE』にも、刑事と拘束された男が向き合って話す場面がある。牢を挟んだ対話を中心に据えた『黒牢城』は、その黒沢にとって初めての時代劇になった。

『オークストリートの異変』——平和な住宅街に、恐竜が現れる
あらすじ
水道が止まり、電気が落ち、街の外とつながる手段が消えていく。オークストリートは、それまで何も起きたことのない、アメリカの平和な住宅街だった。
そこで平凡に暮らしてきたのが、プラット家の4人——母デニース、父グレッグ、娘オードリーと息子ブライアンである。ある日を境に、街では説明のつかない現象が起き始め、暮らしを支えていたものが順に止まって、街は外の世界から切り離されていく。そして、絶滅したはずの恐竜が通りに現れ、住民を襲い始める。
何が起きているのかは、誰にも分からない。プラット家は住み慣れた家を捨て、恐竜だらけになった街から逃げ出すことを決める。行き先が安全かどうかも、確かめようのないままで。
面白さ
舞台は、並木と芝生のあいだを車道がカーブし、道端に郵便受けが立つ、ごく普通の住宅街である。木々の向こうには隣家が見え、その見慣れた道の先を、武器を手にした一家が立ち尽くして見つめている。そこへ恐竜が現れる。
そしてプラット家は、異変の原因を知らないまま逃げることになる。何が起きたのか、なぜ恐竜なのか。説明を持たないまま、水道も電気も止まった街を家族で抜けていく。
制作の背景
両親を演じるのは、『プラダを着た悪魔』のアン・ハサウェイと、『スター・ウォーズ』新3部作のユアン・マクレガー。その二人が、ごく普通の郊外の親を演じる。監督・脚本は、郊外の住宅地に忍び寄る恐怖を描いた『イット・フォローズ』(2014)のデヴィッド・ロバート・ミッチェル。今回も、恐怖が入り込む場所は住宅街である。本作は「Filmed for IMAX」をうたう作品でもある。この表示は制作上の枠組みを示すもので、特定の画角を意味しない。実際に映る画角は、上映版と劇場設備の組み合わせで決まる——詳しくは第5回で扱っている。
『私はあなたを知らない、』——孤独な男が得た家族と、13年後の対峙
あらすじ
初めて家族を得た男は、その家族を自分の手で壊してしまう。
西山夕平、28歳。天涯孤独の身で、自分で決めたとおりの毎日を繰り返し、それを寂しいと感じたこともない。
その決まりきった毎日が、職場に来た新しいパート職員・紗月と言葉を交わすようになって、少しずつ変わり始める。ある日、紗月は夕平に、5歳になる娘の朝子を引き合わせた。一人で娘を育てる母と、その娘と、天涯孤独だった男。三人で過ごす時間のなかで、夕平は生まれて初めて、「家族」と呼べるものに触れていく。
だが夕平は、愛する人を殺めるという重い罪を犯す。
13年後。罪を背負って生きてきた夕平の前に、成長した朝子が現れる。かつて家族のように暮らした二人が、いまは母を奪われた娘と、母を殺めた男として向き合うことになる。
面白さ
朝子にとって夕平は、母を奪った男であると同時に、幼い自分と食卓を囲んだ人でもある。憎むだけでは片づかない記憶を抱えた娘と、罪を背負って生きてきた男が、13年後に何を話せるのか。映画は幸福だった三人の時間を先に見せるからこそ、その対面を単純な加害者と被害者の場面にはしない。
制作の背景
夕平を演じるのは坂口健太郎、紗月は堀田真由。朝子は、5歳の場面を倉田瑛茉、13年後を早瀬憩と、二人の俳優が演じ分ける。監督・原案・脚本は中野量太。『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016)は自身のオリジナル脚本による商業長編デビュー作で、完全オリジナル脚本の映画はそれ以来10年ぶりになる。その中野が本作の主題として掲げているのは、「人を愛すること」と「人を赦すこと」である。人を殺める場面を書くのは自身の映画で初めてのことで、殺人の肯定ではなく、そこへ至るまでの人の複雑な感情を描きたかったと語っている。そして、憎しみの連鎖がやまないこの時代だからこそ、人を赦すことを描かなければと思った、とも。
『ラスト・サバイバー』——世界の終わりを、小型機と犬と生きる
あらすじ
世界が終わっても、その日その日の暮らしは続く。謎のパンデミックが人類の大半を奪い、生き残った者たちが物資を奪い合う世界で、パイロットのヒッグは、打ち捨てられた飛行場を根城に生き延びてきた。そばには愛犬のジャスパーがいて、隣には気難しい元軍人のバングリーが陣取っている。ヒッグが小型機で飛んで周囲を偵察し、バングリーが武器で守る——気の合う相手ではないが、この分担があったから、二人は今日まで生きてこられた。ヒッグの理性をつなぎとめているのは、ジャスパーと、亡き妻の記憶だけだ。
その暮らしを、無線から流れてきた正体不明の声が揺らす。声の主は分からない。その先に何があるのかも分からない。それでも、この世界のどこかにまだ希望が残っているのかもしれない——そう考えたヒッグは、生き延びるために作り上げてきた生活を手放し、小型機で声のした方角へ飛び立つ。その先には、凶暴になった動物たちと、生存者を容赦なく襲う者たちが待っている。
面白さ
飛び立てば、辛うじて生き延びてきた暮らしには戻れない。残れば、無線の向こうにまだ誰かがいる可能性を捨てることになる。ヒッグは、確かな孤独と、正体の分からない希望のどちらを選ぶのか。荒れた地上を小型機で越えていく旅には、その選択の重さがついて回る。
原作情報
原作はピーター・ヘラーが2012年に発表した小説「The Dog Stars」で、原題もそのままこの書名。原作を知ると、映画の世界の輪郭がもう少し具体的になる。時点はパンデミックから9年後、土地はコロラド州。ヒッグが住み着いているのは打ち捨てられた小さな飛行場で、乗るのは1956年式のセスナ機、バングリーは銃に執着する気難しい隣人として描かれる。
監督は『エイリアン』『ブレードランナー』のリドリー・スコット(海外の監督の回)。ヒッグをジェイコブ・エロルディ、バングリーをジョシュ・ブローリンが演じる。
次回
劇場の新作はここまで。家のテレビ側——Netflixでいま実際に観られている映画は、第2回で5本扱っている。