この連載の目次(全6回・完結)
2020年2月、『パラサイト 半地下の家族』が米アカデミー賞の作品賞を取ったとき、この映画はすでに前年のカンヌで最高賞パルム・ドールを取っていた。二冠、と報じられたが、この2つの賞は選ぶ人も、選び方も、対象になるタイミングも別物である。パラサイトが実際にたどった9か月の道のりに沿って、その違いを見ていく。
今年のヴェネツィア国際映画祭は9月2日に開幕する(〜9月12日)。秋の映画祭で世界初公開された作品の中から、来春のアカデミー賞の有力候補が現れてくることが多い。
| 賞 | 誰が選ぶ | 対象 | 決め方 |
|---|---|---|---|
| 米アカデミー賞 | 世界の映画人 約1万人 | 米国で劇場公開された映画 | 会員投票(候補選考と最終投票) |
| 日本アカデミー賞 | 日本の映画人 | 日本で公開された映画 | 会員の二段階投票 |
| カンヌ | 審査員 9人 | 選ばれた新作のみ | 少人数の合議 |
| ヴェネツィア | 審査員 8人 | 選ばれた新作のみ | 少人数の合議 |
| ベルリン | 審査員 7人 | 選ばれた新作のみ | 少人数の合議 |
人数や規則は年ごとに変わる。この表は2026年時点の各公式規約に基づく。
『パラサイト』がたどった道——選出から作品賞まで
まず、道のりを最初から最後まで並べる。
2019年4月、カンヌのコンペティションに選出。 世界中から応募された新作を映画祭の選考委員会がふるいにかけ、コンペに入れるのは20本前後。まずこの選考を通らないと、賞の候補にすらならない。
2019年5月、パルム・ドール受賞。 会期中にコンペ全作品を観た審査員団が、合議で最高賞に選んだ。韓国映画のパルム・ドールは、これが初めてである。
2019年後半〜2020年、各国で劇場公開。 カンヌの時点では、この映画はまだ世界のほとんどの国で公開されていない。受賞を追い風に各国で順次公開され、日本公開は2020年1月だった。
2020年1月、アカデミー賞ノミネート。 米国で劇場公開されたことで、今度はアカデミー賞の対象になる。作品賞・監督賞・脚本賞など6部門で候補入り。
2020年2月、作品賞受賞。 会員の投票により、作品賞・監督賞・脚本賞・国際長編映画賞の4部門を受賞した。英語以外の映画が作品賞を取ったのは史上初である。
カンヌから9か月。ここから、この映画が通過した関門を一つずつ見ていく。
米アカデミー賞——会員の投票で、二段階に分けて決まる
パラサイトの最後の関門から見る。米アカデミー賞(オスカー)を選ぶのは、審査員団ではない。映画芸術科学アカデミーの会員——俳優、監督、撮影、編集など映画の各職種で実績を認められた約1万人——の投票である。会員はハリウッドの住人に限らず、近年は世界各国の映画人へ広がっている。受賞後にはポン・ジュノ監督ら韓国の映画人も、この会員に名を連ねる側になった。
投票は二段階に分かれ、手続きが異なる。候補(ノミネート)を選ぶ段階では、多くの部門で、その部門にあたる会員が投票する。監督賞の候補は監督部門の会員が、編集賞の候補は編集部門の会員が選ぶ、という形だ。作品賞は全部門の会員が候補選びから参加し、国際長編映画賞などいくつかの部門には専用の選考手続きが定められている。最終投票は全部門の会員に開かれ、作品賞だけは順位を書く方式——1位票の数だけでなく、幅広く上位に書かれた作品が勝ち上がれる集計——で決まる。
日本の観客との接点も増えた。『ドライブ・マイ・カー』(2022・国際長編映画賞)、『君たちはどう生きるか』と『ゴジラ-1.0』(2024・長編アニメーション賞と視覚効果賞)。ゴジラの視覚効果賞は日本映画として史上初の受賞で、山崎貴監督らがゴジラのフィギュアを手に壇上へ立った。
日本アカデミー賞——二段階の会員投票
日本アカデミー賞は、米アカデミー賞の方式にならって1978年に始まった。選ぶのは日本アカデミー賞協会の会員——俳優や監督、スタッフ、配給など日本の映画関係者——で、こちらも審査員制ではなく会員投票である。運営組織は米アカデミーとは別で、対象は日本で公開された映画が中心になる。
方式は二段階だ。第一段階の投票で各部門の「優秀賞」(作品なら5本、俳優なら5人)をまず決め、授賞式の当日に、第二段階の投票で選ばれた「最優秀賞」が発表される。集計は第三者機関が行う。
実例で言えば、山崎貴監督の『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005)は第29回で最優秀作品賞・監督賞を含む12部門を受賞した。「12冠」という報道は、この二段階の最優秀賞を12部門で取ったという意味である。近年では『ゴジラ-1.0』が第47回(2024)の最優秀作品賞——米アカデミー賞のVFX賞と日本アカデミー賞の作品賞を同じ年に取った、と整理すると2つの賞の位置関係が一度で分かる。
カンヌ——「選ばれること」が最初の関門
パラサイトの道のりの最初に戻る。映画祭の賞は、アカデミー賞と構造が違う。選ばれた作品しか土俵に上がれないのだ。
カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に入るのは20本前後。世界中の新作がこの枠を目指すので、選出そのものが狭き門である。日本のニュースで「カンヌに正式出品」が見出しになるのはこのためで、『国宝』の李相日監督が2025年のカンヌに呼ばれたときも、上映されること自体が報道された。なお、カンヌには最高峰のコンペティションのほかに「ある視点」などの部門もあり、「出品」がどの部門を指すかで意味合いは変わる。
賞を決めるのは、選考とは別の人たちだ。映画祭が任命する審査員——2026年の第79回は審査員長を含めて9人——が、会期中にコンペ全作品を観て合議で決める。約1万人の投票と、9人の合議。人数も手続きも違うから、同じ「最高賞」でも取り方がまるで違う。審査員は毎年入れ替わり、顔ぶれによって結果の傾向が変わることも織り込み済みの制度である。最高賞がパルム・ドール(黄金のシュロ)。『万引き家族』(2018)と『パラサイト』(2019)が連続で取ったのは、この賞だ。


ヴェネツィアとベルリン——規則も条件も、カンヌと同じではない
カンヌと並んで「三大映画祭」と呼ばれるのが、ヴェネツィアとベルリンである。骨格は同じ——選考で作品を絞り、少人数の審査員が賞を決める——だが、規則の中身は別々だ。
ヴェネツィア国際映画祭は世界最古の映画祭で、開催は9月。最高賞は金獅子賞だ。2026年の第83回の規則では、コンペティション部門は最大19本で構成され、世界初公開(ワールドプレミア)の作品だけが対象と定められている。審査員は8人。日本との縁も深く、黒澤明『羅生門』(1951)と北野武『HANA-BI』(1997)が金獅子賞を取っている。
ベルリン国際映画祭は2月開催で、最高賞は金熊賞。2026年の審査員は7人。応募の条件は部門ごとに定められていて、求められるプレミアの範囲もカンヌやヴェネツィアと同じではない。『千と千尋の神隠し』(2002)はアニメーションとして初めて金熊賞を取り、濱口竜介『偶然と想像』(2021)の銀熊賞(審査員大賞)はその次席にあたる。
アカデミー賞との時間の関係は、パラサイトの道のりがそのまま説明してくれる。映画祭で上映されるのは多くの場合これから公開される新作で、アカデミー賞の対象になるのは米国で劇場公開されてからだ。カンヌ(5月)から授賞式(翌年2月)まで9か月かかったのは、あいだに各国での公開が挟まっているからである。

賞のニュースが集中する暦
パラサイトの9か月は特殊な例ではなく、毎年ほぼ同じ暦の上で繰り返されている。
細部の日程は年により動くが、秋→冬→春の流れは毎年ほぼ同じ。
8月末から9月、ヴェネツィアとトロントの映画祭で世界初公開された作品が話題になり、その年の候補として名前が挙がり始める。11月から12月は各地の批評家団体の賞が続く。年明けにゴールデングローブ賞。1月下旬にアカデミー賞のノミネートが発表され、2月末か3月の授賞式で決まる。春の受賞ニュースは単発の出来事に見えるが、多くの場合、前年の秋からこの暦の上を動いてきた作品である。
それで、パラサイトの「二冠」は何がすごかったのか
道のりを開け終えたので、冒頭の問いに答えられる。
パルム・ドールは、コンペに選ばれた20本前後の中から、審査員団が会期中の合議で決める賞。アカデミー作品賞は、劇場公開を経た映画を対象に、約1万人の会員が投票で決める賞。選ぶ人数も、対象になる時期も、手続きも別物である。この2つを同じ映画が取ることはめったになく、直近で両方を取ったのは1955年の『マーティ』までさかのぼる。しかもパラサイトは、英語以外の映画として史上初の作品賞だった。
二冠は、同じ物差しで二度勝ったという意味ではない。審査員団の合議と、約1万人の会員投票——性質の違う別々の選考を、同じ一本の映画が9か月かけて続けて通り抜けた。それが2020年2月の夜に起きたことである。