服そのものは普通のままで、足元にだけ音楽やカルチャーの気配を残せるブーツ。反抗の靴という印象が先に立つが、始まりは足を痛めた人のための療養靴である。
軍医が、自分のために作り直した療養靴だった
1945年のドイツ。軍医だった人物がスキーで足首を傷め、廃棄されたゴムを使って空気を含んだソールの靴を自分のために作り直した。これが始まりである。足に優しいソールが受けて、地元で少しずつ売れた。

働くための靴から、音楽の現場へ
英国へ渡ったのは1959年。英国の靴メーカーがかかとの形を作り直し、黄色いステッチを足して、翌年に八つ穴のブーツを出した。
このとき最初の顧客になったのは、郵便配達員と警察官と工場労働者だった。つまり英国での出発点は、働くための靴である。
1960年代の終わりから、英国の労働者階級の若者たちのあいだへ入っていく。そのあとパンクへ、グランジへと履かれていった。働く人の靴が、音楽の現場の靴になった。この経路が、いまのイメージのもとにある。
いまはどんな人が選ぶブランドか
「ロックやバンドの人の靴」という言い方をされることがある。音楽や舞台の現場では実際に履かれ続けているので、この見方には根がある。
一方で街では、カジュアルにも、きれいめにも合わせられている。音楽と関係のない格好の足元にも入る。
服そのものは普通のままでも、足元だけが音楽やカルチャーの気配を出す。そこがこのブーツの効き方になっている。
代表的なモデル
1460——八つ穴のブーツ。1960年4月1日の一足目で、番号がそのまま発売日を指している。ブランドの起点にある型。
1461——三つ穴の短靴。1460の翌年に出ている。
エイドリアン——タッセルローファー。紐がなく、甲に革の飾りが付く。
近いブランドとの違い
同じく音楽の現場を通ってきた靴としてConverseと並ぶ。どちらもパンクやグランジの周りで履かれてきた歴史を持つ。違うのは見た目で、あちらは布のローカット、こちらは革のブーツ。同じ来歴でも、足元に出るものがまるで違う。