「祇園さん」として京都の人々に親しまれてきた八坂神社が、この名の中心である。創祀は平安京遷都以前までさかのぼり、古くから都の疫病除けの社として信仰されてきた。主祭神は素戔嗚尊。
成立と展開
この社を理解するうえで欠かせないのが、神と仏が重なっていた歴史である。主祭神の素戔嗚尊は、往古 牛頭天王とも称し、また薬師如来を本地仏としていた。神の背後に仏がいる、という考え方である。
人々は疫病が消えることを祈り、その祈りがやがて祇園信仰となった。約1150年前(平安時代)に始まった当社の祭礼が、いまの祇園祭である。
近代に入り、神と仏は明確に分かたれ、祭の作法は変わった。 八坂神社自身が、その転換をそう記している。それでも祭礼を通じた祈りの形は、氏子の暮らしの中に受け継がれている。
現地で確認できるもの
本殿は国宝。ほかに摂社・末社をふくむ建造物29棟が重要文化財に指定されている。境内を歩くと、一つの社に指定文化財が集中していることが分かる。
神紋は唐花木瓜紋と巴紋を組み合わせたものである。木瓜紋はもともと中国から伝わった文様で、祇園社の社務執行を代々世襲した紀氏の家紋にあたる。そこへ、武勇の神としても崇敬される素戔嗚尊にちなむ巴紋が組み合わされた。神紋一つに、祭神と社を運営してきた一族の両方が入っている。
隣接する円山公園は、かつて八坂神社の境内地だった。京都屈指の桜の名所として知られるのは、繁栄を願って多くの人が桜を植えたことによる。
同じ名でも、異なる点
各地には「八坂神社」「祇園社」「天王社」など、この信仰に連なる名の社が多い。ただし呼び名も由緒も土地ごとに違い、近代の改称を経て現在の社名になった社も多い。
社名だけで祭神や祭礼の中身を確定することはできない。境内の掲示と公式の案内が、その社の歴史を教えてくれる。