「◯◯恵比寿神社」「◯◯戎神社」の総本社は、兵庫県の西宮神社である。第1殿にえびす大神(蛭児大神)、第2殿に天照大御神と大国主大神、第3殿に須佐之男大神を祀る。鎮座年代は明らかでないが、「戎」の名が文献に度々現れることから、平安中後期と推測されている。
成立と展開
由緒によれば、大阪湾の神戸・和田岬の沖から現れた御神像を西宮・鳴尾の漁師が引き上げ、自宅で祀っていたが、神託により西の宮地へ遷したのが起こりと伝えられる。
えびす神は、鯛と釣竿を持つ姿から古くは漁業の神として信仰された。西宮が西国街道の宿場町として開け、市が立つようになると、やがて市の神、そして商売繁盛の神として信仰されるようになる。
室町時代には七福神の一神となった。同じころ、「えびすかき」と呼ばれる傀儡子たちが人形を操りながら、えびすの姿を描いた御神影札を配り歩き、西日本を中心に信仰が広がっていく。江戸時代には四代将軍・徳川家綱から御神影札の版権を得て、西宮神社の御神影を「正像」として全国へ配布するようになった。人形芝居と札の配布が、この信仰を運んだのである。
現地で確認できるもの
西宮神社の十日えびすは、阪神間で最も大きな祭りとして知られる。十日戎大祭の後に行われる開門神事の走り参りは、福男選びとして毎年伝えられている。
同じ名でも、異なる点
この系統は、名前そのものに幅がある。「えびす」という御神名は、日本の神話・神々の系譜には記されていない。 「えびす」の漢字には夷・蛮・戎・狄などが当てられ、いずれも異郷の人を表す。西宮神社では、伊弉諾岐命と伊弉諾美命の間に生まれた蛭児大神が葦の船で漂流した伝承と重ねて、蛭児大神とえびす神を同一のものとして祀ってきた。
役割も土地ごとに違う。西宮の傀儡師やえびす願人が各地で札を配る際、漁村では海神、農村では田の神、都市部では商業神として、その土地に合った福の神として説いたためだといわれる。呼び名も、関西では「えべっさん」、東海では「おいべっさん」、北陸では「おおべっさま」、関東以北では「おえびすさん」と分かれている。
同じ名でありながら、祀られ方も呼ばれ方も土地ごとに違う——それがこの信仰の広がり方である。