寒い夜、万引き帰りの男と少年が、団地の外にいた幼い女の子を家へ連れて帰る。その家には、すでに何人かが暮らしている。是枝裕和監督の2018年の作品で、上映時間は120分。
家の中に、六人いる
まず、誰がいるかを押さえておく。
| 人物 | 家の中での立場 |
|---|---|
| 柴田治 | 日雇いの仕事をしている男。祥太と万引きに行く |
| 柴田信代 | 治の相手。クリーニング工場で働く |
| 柴田初枝 | 最年長。年金を受け取っている |
| 亜紀 | 若い女性。風俗店で働いている |
| 祥太 | 少年。学校へ行っていない |
| ゆり | 冒頭で連れて帰られる幼い女の子 |
この六人に、血のつながりはない。 ただし映画は、そのことを冒頭では説明しない。呼び方と振る舞いから、家族として暮らしていることだけが分かる。
家の中の物の多さが、説明を引き受けている
この映画で目に入るのは、まず家の中である。
積み上がった箱、狭い通路、雑然とした台所。人が座る場所がほとんど埋まっている。台詞で暮らしぶりを説明する場面はないが、この画面がその役を引き受けている(監督記事)。
食卓の場面も繰り返し出てくる。六人が座卓を囲み、器が回っていく。是枝監督がこの配置で関係を見せる撮り方については監督記事で扱っている。
どうやって食べているのか
この家の収入がどこから来ているかは、序盤で見えてくる。
初枝の年金。信代の工場の給料。亜紀の店の稼ぎ。治の日雇い。そして、治と祥太が店から持ち出してくるもの。
万引きは、この家の家計の一部として描かれる。 罪として告発する形でも、生活の知恵として肯定する形でもなく、日課の一つとして映る。
子どもの撮り方
祥太とゆりは、この映画の中心に近い場所にいる。
祥太とゆりが映る場面では、台詞が短く、間が長い。二人が黙って何かを見ている時間が繰り返し置かれている。
祥太が学校へ行っていないこと、ゆりが元の家でどう扱われていたかは、序盤で少しずつ示される。説明の場面は置かれず、行動と体の痕跡で分かる。
前半は、笑い声のほうが多い
観る前に知っておくとよいのが、前半の調子である。
海へ行く、花火の音を聞く、そうめんを食べる。六人で過ごす場面には笑い声がある。 この時間が、映画のかなりの部分を占める。
ここから先は、六人がどう集まったのか、暮らしがどこで崩れるのか、そして終盤で明かされることに触れます。 未見で先を知りたくない場合は、ここで止めてください。
六人は、それぞれ別の経緯で集まっている
中盤以降、この家がどうやってできたかが分かってくる。
全員が同時に集まったわけではない。誰が誰を連れてきたのか、いつからこの家にいるのかが、中盤以降に少しずつ示される。届け出も、法的な手続きもされていない。
崩れるきっかけは、外から来る
暮らしが続かなくなるきっかけは、家の外にある。
祥太の行動が一つの転機になり、そこから外の目が入ってくる。警察と行政の手続きが始まると、この家の関係は書類の上で判定されることになる。
その判定の場面で、六人が互いをどう呼んでいたかが問われる。 一緒に暮らしていた時間と、制度が認める関係が、そこで食い違う。
そのあと、それぞれがどうなるか
終盤では、六人がどこへ行ったかが順に示される。
誰がどこへ移されたか、誰が残ったかが順に示される。最後に置かれるのは、ゆりがベランダの手すりから外を見ている短い場面である。