大人男子の趣味教養OTONA DANSHI NO SHUMI-KYOYO

FILM映画ブリーフィング『ドライブ・マイ・カー』

『ドライブ・マイ・カー』——原作、劇中劇、車内。三つを分けておくと追いやすい

村上春樹の短編、劇中で稽古される『ワーニャ伯父さん』、そして赤いサーブの車内。混同しやすい三つを整理してから観るためのページ。

179分ある。そして、混同しやすい要素が三つ重なっている。村上春樹の短編、劇中で稽古される戯曲、そして車の中で交わされる会話。先に分けておくと、上映中に迷わない。

THE SOURCE

原作は、村上春樹の短編

原作は村上春樹の短編小説「ドライブ・マイ・カー」で、短編集『女のいない男たち』に収められている。

ただし、映画が使っているのはこの一編だけではない。同じ短編集の「シェエラザード」と「木野」からも要素が入っている。妻の音が語る話や、人物の造形の一部がそちらから来ている。

脚本は濱口竜介と大江崇允の共同名義。原作を読んでいなくても筋は追える。

THE PLAY

劇中で稽古されるのは、チェーホフの『ワーニャ伯父さん』

映画の中で、主人公は演劇祭のために一本の芝居を演出する。その芝居が、アントン・チェーホフの戯曲『ワーニャ伯父さん』である。原作の短編とは無関係の、別の作品だ。

内容は、田舎の屋敷で長年働いてきた男が、自分の人生が報われていないと気づく話である。派手な事件は起きない。人物が話し、後悔し、それでも日々が続く。

この戯曲の台詞が、映画の後半で主人公の状況と重なってくる。重なる箇所では、稽古や上演の場面として台詞が字幕つきで画面に出る。

THE CAR

赤いサーブの車内は、三つ目の場所

原作の短編にも車は出てくるが、映画では車内が主要な場所になる。

主人公の家福は、広島の演劇祭に呼ばれ、主催者の規定で専属のドライバーを付けられる。運転するのは渡利みさきという若い女性で、家福は自分の車の後部座席に座ることになる。

走っているあいだ、二人はこの位置関係のまま話すことになる。そして車内では、亡くなった妻が吹き込んだ台詞のテープが流れる。主人公が返事をできるよう、間を空けて録音されたテープである。

THE PEOPLE

主要な人物

人物立場
家福悠介舞台俳優で演出家。広島で『ワーニャ伯父さん』を演出する
音(おと)家福の妻。脚本家。物語の序盤で亡くなる
渡利みさき演劇祭が家福に付けた専属ドライバー

このほかに、稽古へ参加する俳優たちが出てくる。多言語の上演なので、それぞれ違う言語で台詞を言う。

THE FIRST 40

冒頭の約40分は、題名が出る前の話

観る前に知っておくと楽なことがある。題名が画面に出るのは、始まってから40分ほど経ってからだ。

そこまでが本編の前史にあたる。家福と音の暮らし、音の仕事、そして音が抱えていたこと。ここで提示される前提は重い。妻の不貞と、それ以前に起きていた子どもの死が扱われる。

題名が出たあと、舞台は広島へ移る。前半と後半で、映画の場所が入れ替わる。

ここから先は、稽古場で起きること、後半の車の行き先、そして終盤の展開に触れます。 未見で先を知りたくない場合は、ここで止めてください。

MULTILINGUAL

稽古場では、俳優が別々の言語で喋る

家福が演出する『ワーニャ伯父さん』は、多言語で上演される。日本語、韓国語、中国語、英語、そして韓国手話。俳優はそれぞれ自分の言語で台詞を言う。

稽古の場面では、俳優が台詞の意味を確かめながら読み合わせる場面と、通訳を介して演出を受ける場面の両方が映る。上演では、それぞれの言語の台詞が続けて発せられる。

稽古の場面では、家福が俳優に感情を入れずに台本を読ませる。これは濱口竜介が実際の撮影前に行っている工程で、劇中でそのまま実演されている(監督記事)。

THE DRIVE NORTH

後半、車は広島から北へ向かう

後半、家福とみさきは車で長い距離を移動する。行き先はみさきの故郷で、北海道にある。

この移動のあいだ、二人は互いの事情を話す。それまで車内は、家福が台詞のテープを聞くための場所だった。この移動で、車内が二人の会話の場所に変わる。

雪の中で二人が向き合う場面が、この映画の到達点として語られることが多い。

THE STAGE

そして、舞台に戻る

終盤、『ワーニャ伯父さん』の上演が行われる。

このとき、戯曲の台詞と映画の状況が重なる。ソーニャがワーニャに語りかける長い台詞が、韓国手話で演じられる。声が出ないので、字幕と手の動きだけが画面に残る。

画面には、手の動きと、その手を見ている家福の顔が交互に映る。声は入らない。