俳優で演出家の家福悠介は、脚本家の妻・音を愛している。しかし、音が別の男性といる場面を見ても、何も聞かない。そのまま音は急死し、答えのない時間が残る。『ドライブ・マイ・カー』は、三時間近い映画だが、事件を詰め込む作品ではない。人は、言えなかったことを、別の人との会話でどこまで引き受け直せるのか。赤い車と舞台稽古を使って、その過程をゆっくり見せる。
ひとことで言うと
妻を突然失った舞台演出家・家福が、広島の演劇祭で『ワーニャ伯父さん』を演出する。主催者から運転手として付けられたみさきと赤い車で往復するうち、二人は、それぞれが話せずにいた死者の記憶へ近づく。
舞台の物語、妻が残した声の録音、車内の会話が少しずつ重なる。大きな告白を急がず、同じ道を走る時間そのものが人物を変える。
まず3人
| 人物 | まず覚えること |
|---|---|
| 家福悠介 | 俳優で演出家。妻の秘密に気づきながら聞けないまま、突然の死を迎える。広島で舞台を作る |
| 家福音 | 家福の妻で脚本家。物語を口にして作り、家福の稽古用に戯曲の台詞を録音している |
| 渡利みさき | 家福の赤いサーブを運転する若い女性。必要なこと以外を話さないが、自分にも母の死をめぐる記憶がある |
最初は、聞けなかった家福、声を残した音、黙って運転するみさきの三人だけ分かればよい。
ネタバレなしの始まり
家福と音は、物語を語り合う夫婦である。家福は音の秘密を目にするが、関係を壊すことを恐れて問いたださない。音は「帰ったら話したい」と伝えた日に突然亡くなり、家福は何を言うつもりだったのか聞けなくなる。
二年後、家福は広島の演劇祭で、多言語の『ワーニャ伯父さん』を演出する。自分の車を他人に運転させたくない家福に、主催者はみさきを付ける。家福は車内で、音が録音した台詞を聞きながら稽古場へ通う。
なぜ話題になったか
濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』は、2021年のカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した。第94回アカデミー賞では国際長編映画賞を受賞し、作品賞、監督賞、脚色賞にもノミネートされた。
三時間近い日本映画が広く語られた理由は、長さに反して入口が単純だからでもある。赤い車で同じ道を走り、舞台の台詞を繰り返し、少しずつ本音へ近づく。派手な解決より、言葉が人へ届くまでの時間を見せる。
面白いポイント3つ
1. 車内という逃げにくい場所が、会話を変える
正面を見て運転する人と、隣や後ろに座る人は、ずっと目を合わせなくてよい。その距離が、対面では言えないことを少しずつ話せる形になる。
2. 棒読みに近い稽古が、あとで感情へ変わる
俳優たちは最初、感情を付けずに台詞を読む。観客も同じ言葉を何度も聞くため、本番で身振りや表情が加わったとき、台詞が人物自身の言葉に聞こえる。
3. 妻の録音が、返事のできない会話になる
音の声は台詞を読み、家福が自分の台詞を返せる間を残している。妻が亡くなったあとも会話の形だけが続き、家福はその声から離れられない。
ここまでで、家福、音、みさきの三人と、妻を失った演出家が赤い車で稽古場へ通い、運転手との沈黙の中で過去へ近づく物語だと分かりました。続きでは、二人が言えなかった記憶へ向き合う転換と、舞台と車に託された結末を整理します。
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