吉田修一の小説を李相日が映画化した175分。歌舞伎の世界が舞台なので、そちらの決まりごとが分かっていないと関係を追いにくい場面がある。先に分けて説明しておく。
歌舞伎の側①——女形とは何か
歌舞伎では、女性の役も男性の役者が演じる。この役柄を女形(おんながた)という。
化粧と衣装だけではなく、身体の使い方に型がある。腕を体から離さずになで肩に見せる姿勢、膝を離さず爪先を内へ向ける歩き方。基本の形が決まっている。
この映画では、主演の二人が女形として舞台に立つ場面が繰り返し出てくる。俳優が役者を演じる形になるので、この型が画面に出る。
歌舞伎の側②——名前が受け継がれる
もう一つ、血縁と地位の話がある。
歌舞伎では、役者の名前そのものが受け継がれる。ある名跡を継ぐことを襲名という。名前には、それまでその名を名乗った役者の芸と地位が結びついている。
つまり、誰の家に生まれたかが、役者の進む先に関わってくる。 この映画の物語は、その仕組みの上で動く。
作品の側①——二人の少年から始まる
ここから作品の話に移る。
任侠の家に生まれた少年喜久雄が、事情があって歌舞伎の名門に引き取られる。その家には、生まれたときから跡取りである同じ年頃の息子俊介がいる。
二人は同じ稽古場で並んで芸を覚えていく。片方は血のつながりを持たない側、もう片方は生まれたときから持っている側である。§02で見た名跡の仕組みのもとで、この立場の差が二人の進路に効いてくる。
作品の側②——人物
| 人物 | 立場 |
|---|---|
| 立花喜久雄 | 主人公。任侠の家に生まれ、歌舞伎の名門に引き取られる |
| 大垣俊介 | 名門の跡取り息子。喜久雄と同じ年頃 |
| 花井半二郎 | 俊介の父。二人の師匠にあたる |
このほかに、喜久雄の周囲の人物や、興行に関わる人たちが出てくる。
175分で、半世紀を追う
上映時間は175分ある。そして扱われる時間の幅は約50年になる。
つまり、時間が飛ぶ。 場面が変わると、数年経っていることがある。人物の外見と、周囲の顔ぶれの変化で判断することになる。
稽古場と楽屋の場面が多く、画面が狭い場所に留まる時間が長い(第3回)。
ここから先は、二人の立場が入れ替わっていく経緯と、終盤の展開に触れます。 未見で先を知りたくない場合は、ここで止めてください。
持っている側と、持っていない側が入れ替わる
物語が進むと、二人の位置が動く。
血のつながりを持たない喜久雄のほうが、芸で上がっていく。生まれたときから跡取りだった俊介の側に、何が起きるか。§02で見た名跡の仕組みが、ここで効いてくる。
家の側の事情も動く。師匠の判断、周囲の思惑、興行の都合。芸の優劣だけで決まらない部分が、繰り返し二人の進路を変える。
舞台の場面が、この映画の中心にある
この作品でよく挙げられるのが、二人が同じ舞台に立つ場面である。
二人の舞が揃う場面、長い稽古を経て見せる女形。説明の台詞ではなく、舞台の上で起きていることで見せる作りになっている。
舞台の場面では、二人の舞が揃うところ、化粧を落とす楽屋、袖から見ている人物の顔が交互に映る。
芸を選び続けた先に、何が残るか
終盤では、喜久雄の周りにいた人たちがどうなったかが順に示される。
家族、友人、そして相手役だった俊介。それぞれとの関係が、時間の経過とともに変わっていく。
最後の場面で舞台に立っているのが誰で、客席に誰がいるかは、観てから確かめてほしい。