映画の一般的な話題で、製作会社の名前が出ることはまずない。東宝や松竹の名前で映画を選ぶ人は少数である。そのなかでA24は、映画好きの間でだけ、会社名がそのまま作品選びの目印として通じる珍しい例になっている。連載の監督の回で見た「名前で選ぶ」見方の、さらに先にある選び方——それがこの補足記事の主題である。
A24は、作品を選んで配給する会社
A24は2012年にニューヨークで生まれた、映画の配給・製作会社だ。社名の由来は創業者がイタリアで運転していた高速道路の名前で、深い意味はない。特徴とされるのはその選び方で、大手スタジオが人気原作と続編に寄っていくなか、A24は小規模でも新しい企画を選んで世に出す姿勢を続けてきた。服で言えばセレクトショップ、音楽で言えばレーベルにあたる存在で、観客の側も個々の作品より先に「A24が選んだ」ことを目印にする——ロゴが品質の目印として機能している、と語られる会社である。
もう一つ繰り返し語られるのが、監督への自由の与え方だ。新人にも撮りたいものを撮らせる方針で知られ、尖った企画がこの会社に集まる。結果として「会社なのに、作家のように語られる」存在になった。連載の監督の回の延長で言えば、A24は「6人目の監督」のような位置にある。
- 2012ニューヨークで創業
映画好きの3人が立ち上げた小さな配給会社。当初はほとんど注目されていなかった。
- 2017『ムーンライト』がアカデミー作品賞
授賞式で『ラ・ラ・ランド』と誤発表される混乱の末の受賞。無名だった会社の名前が一夜で知られた。
- 2018–19「A24ホラー」という呼び名が定着
『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』が続けて話題になり、会社名がホラーの形容として使われるようになった。
- 2023『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が7部門受賞
カンフー×マルチバース×家族の「変な映画」がアカデミー賞を席巻した。
- 2024–26 ◀ いまここ大作路線へ
『シビル・ウォー』で大作に踏み出し、『バックルームズ』が世界興収1位。この転換をめぐって、ファンの受け止めは分かれている。
創業から現在まで。会社名が広く知られるきっかけになった出来事を並べた。
「A24っぽさ」と受け取られているもの
「A24ホラー」と普通のホラーは何が違うと言われるのか。よく挙がるのは、先が読めず、観たあとに嫌な感じが残るという感触である。お化けが飛び出して終わりではなく、家族や喪失といった生々しい傷の上に恐怖を組み立てるため、鑑賞後も残り続ける——そう語られることが多い。ホラーに限らず、「どこかで観た展開」が通用しない作品を選ぶ会社だという受け止めが、映画好きがこの名前を目印にする理由になっている。
もう一つの現象が、グッズだ。A24はロゴ入りのキャップやTシャツ、キャンドルまで販売していて、映画会社のロゴがファッションの記号として流通している。日本でも公式ECサイトが開設され、作品グッズやアパレルが買える。映画会社であると同時に「センスの記号」としても扱われている——会社名がブランドになっているという事情は、この売られ方にいちばん表れている。
入口の3本——どこから入るか
作品の入口は、怖い映画への耐性で分かれる。
家族を失い恋人ともこじれた主人公が、スウェーデンの奥地で90年に一度の夏至祭に参加する。白夜、花冠、笑顔——画面は終始明るいのに、何かが決定的におかしい。「明るいホラー」と呼ばれた一本で、「デートで観てはいけない映画」として挙げられることの多い作品でもある。
ソウルで幼馴染だった男女が12歳で離れ、24年後のニューヨークで再会する。恋愛とも友情とも言い切れない感情を、静かな会話だけで描き切る。アカデミー作品賞ノミネート。ホラーがまったく駄目でも見られる、もう一つのA24の到達点である。
コインランドリーを営む中年女性が、全宇宙の自分と繋がって戦う。カンフー×マルチバース×家族の映画がアカデミー賞7部門を獲った。過剰でカオスなのに最後は家族の話で泣かせる——「変な映画」の到達点として語られる一本である。
今年のA24最大の話題は『バックルームズ』、9月4日日本公開。ネットの都市伝説「どこまでも続く黄色い部屋」を、その伝説を16歳でYouTube動画にした本人——現在21歳、A24史上最年少監督——が長編映画化した。全米では『スター・ウォーズ』の新作を抑えて初登場1位、世界44か国で1位になっている。9月11日には連載の監督の回で扱ったクリストファー・ノーランの新作『オデュッセイア』も控え、9月は話題作の公開が続く。『パスト ライブス』の監督の新作『マテリアリスト 結婚の条件』もこの夏公開である。
ブランドになった映画会社
会社名で映画を選ぶのは、いまも映画好きに限られた文化である。ただ、「A24っぽい」という形容が通じる範囲は年々広がっており、大作路線への転換で作風が変わるのかどうかも含めて、この会社は名前ごと観察されている。タイトルでも監督でもなく会社で覚える——映画の選び方の一つとして、この名前は当分残り続けるはずである。